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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第31話 温室の案内人 その二

 温室を彩る数々の花は、良く見ると、雄しべや雌しべにあたる部分に人間が生えていた。衣服や靴は身につけているものの、花にあわせて数センチの身長しかない。目を開けたまま、気をつけの姿勢から少しも動かなかった。


「恵みの大地で、ちらっと見た利用者さんもいらっしゃいます」


 小角が、さらなる事実をもたらした。


「いかがでしょうか? 当施設自慢の植物園は」


 理知的だが冷たい口調で問いかけてきたのは、草木の陰から花坂達の正面にでてきた若い女性だった。


 花坂は、昨日の内に黄金からスマホへもたらされていた情報から、すぐに正体を理解した。


「ご賢察恐れ入ります。私、当施設のカウンセラーを担当しております、桐中(きりなか) 卓音(たくね)と申します」


 情報によれば二八歳とあり、確かにそのくらいだ。背は、日本人の女性としてはかなり高い方になる。幼少期から虐待を受けたトラウマが酷く、人間不信が強いとも。


 三辻に直結せず、桐中が顔をだしたこと自体は、動揺に値しない。小角が個人的に弱いのではなく、因縁にかかわる頭数の差である。先方は国際大企業だ。むしろ、これだけ差があるのに、三辻なら三辻への道筋を失わない小角こそ称賛せねばならない。


 それはともかく、一言も口にしてないのに『ご賢察』とは。しかも、まさに花坂はそう考えていた。


「皆様、広報の三辻をお探しでしょう? 私がご案内致します」


 なめらかに、まるで何度も練習した脚本を読むかのように桐中はいった。言葉遣いの丁重さでは、小角といい勝負だ。しかし、小角と異なり、肝心な敬意がない。まさに機械的な礼儀正しさであり、立ち居振舞いである。


「三辻が、自分からここにきたらすむけど」


 塚森がぶすっと牽制した。


「申し訳ございません。私どもとしては、実力の不明瞭なお客様を三辻に会わせることが禁じられておりますので」


 きびきびとならべられた論理は、氷の壁さながらに冷酷だった。つまるところ、桐中を倒さねば先にいけない。


「いい加減に……」

「ここで熱や炎は使わない方がよろしいかと」


 桐中は、塚森に露骨な警告をくだした。


「はぁっ!? 何であんたに……」


 ポケットからライターを出して、桐中は腕をいっぱいに伸ばしてから火をつけた。すぐさま、一メートルほどの高さまで炎が吹きあがった。数秒ほどの披露を経て、桐中はライターを消した。


「光合成で酸素の濃度が高くなっているんだな」


 花坂は、すぐに原因を特定できた。そして、桑葉を思いだした。


「そうです。桑葉もこの温室にいます。ライターはハッタリではありません。何でしたらお渡ししましょうか?」

「こっちに投げて寄こして」


 桐中は、塚森の要求を実行した。ライターを片手で受け、塚森は点火した。やはり、火柱が生まれた。あぶられた空気が、室内の草花をゆらゆら歪めて見せている。


「どうも」


 塚森は、火を消したライターを桐中に投げかえした。彼女は黙ったまま、塚森のように片手で取った。


「桐中さんって……」

「人の心が読めます」


 小角がいいかけた台詞を、桐中は正確に引きついだ。


「花坂様はもうお気づきですが、桑葉は植物の呼吸だけでなく、光合成も自由自在に操られます」


 なるほど、黄金の情報にもそうあった。彼にとって、温室はまさに独壇場。そして、読心術の使い手もここにいる。


 さりとて、一から百までいいなりになって良いものか。温室にはまばゆい光が突きささらんばかりに降り注いでおり、そのくせ大事な判断の材料は何も見つからない。


「いいなりにならなければ、皆様はここで死にます」


 能面さながらの無表情で、桐中は断言した。


「先生、俺達の力は封じられています。心が読まれているのもハッタリではなさそうです。ここはおとなしく従うしかないです」

「昨日のあなたの夕食が、花坂様の作った焼きそばだったことも読みとりました」


 花坂の提案に、桐中が追い討ちした。塚森は、桐中の力を試すつもりで昨日の夕食を思い浮かべ、そのものずばりを当てられた。


「なら仕方ないけど、待ちうけているのが三辻だけとは思えないね」

「実力の不明瞭なっていうことですけど、案内の道中に襲われるかもしれません」


 塚森がしぶしぶ同意し、小角は至ってもっともな疑念をもたらした。


「せめて、案内というからには俺達より先に歩いてくれるんですよね?」


 花坂は、一番無難な方向から、自分達が少しでも有利になるよう働きかけた。


「はい、もちろん」

「なら、案内をお願いしましょう」


 ここで水かけ論を繰りかえしても始まらない。桐中は回れ右して歩きだし、花坂達も彼女に続いた。通路が狭いため、一列縦隊となる。桐中の次に花坂、それから小角、最後に塚森という順だった。


 花坂が、すぐにピンときたのは、桐中の姿勢だった。歩きだすと、右半身と左半身が微妙にずれている。さらに、襟首から、火傷の跡も見え隠れしている。詳しくは知らないが、火のついた煙草を押しつけられたように思えた。


 花坂にせよ、小角や塚森にせよ、虐待の専門家ではない。しかし、桐中の背中からは、壮絶な過去がいやでも想像させられた。


 黄金は、妖怪化は人格や精神に悪影響をきたす恐れがあるといった。だが、最初からそれらに深刻な打撃を受けた人間が妖怪化したら? いや、そもそも妖怪化の基準が、トラウマを抱えた人間だとしたら? 妖怪化は、そのトラウマをさらに推しすすめるという仮説が成りたちはすまいか。


 それはそれとして、いつ敵がやってくるかわからない緊張感を保ちながら、延々と道のりを消化するのは、精神を著しく消耗する。


 桐中のトラウマではないが、花坂の唇がぴくぴく引きつりだした。足がもつれたかと思うと、一瞬、地面と天井が逆転する。


『あんたも私達の仲間入りだよ』

『仲間……仲間……仲間……』


 花に生えている利用者達が、いっせいに囁きだした。


 黙殺する花坂だが、仲間という言葉が、頭の中で際限なく繰りかえされていく。


『お前がきたら、俺達の方が先輩だな!』


 死んだはずの市宮が、雄しべとなって耳障りに喚いた。小さすぎてプロペラまでは見えないが、かすかに風が頬に当たる。


『ここにきたら、俺達男は花粉係だ! でも、雌しべがない花もあるな! 市宮のところみたいに!』


 隣の花の雄しべとして、爆発男……黄金の資料では安川なる名前だそうだ……が、説明を装って明らかに市宮を嘲った。


『そういうのを仇花(あだばな)っていうんだ。つまり、実にならない花だ』


 さらに隣の花で、雄しべの夢矢が自分の知識を披露した。


『うるせぇ、清潔オタク! 床でも一生磨いてろ!』


 爆発男こと安川が毒づくと、夢矢はきっと顔を強ばらせた。


『お前こそ、そのわずらわしい長髪をいつになったら切るんだ!』


 夢矢が応じると、そこかしこの花から花粉が飛び散った。


 やめろ、と絶叫したくなるのを、花坂はどうにか耐えた。これが桐中の示す『実力』なのか。


 花坂は、普通の人間よりは視力が良い。しかし、ずば抜けて優れているのではない。その彼が、わずか数センチの雄しべ人間の表情や言葉を逃さず見聞きしている。


 そして、自分が膝を地面につけて花々を眺めているのをようやく悟った。


「どうしました? まだ半分も進んでいませんよ」


 桐中が、くるっと振りむいて花坂を見おろした。


『こいつは俺達の後輩になりたいみたいなんだ!』


 安川が怒鳴った。


「それは、三辻さんに聞いてみないと。さ、立って下さい」


 桐中に促されるまでもない。しかし、手足の肌がヒリついて思うようにならない。壁代わりになっている生け垣が、丸く曲がって、自分を包もうとしているようにすら思えてきた。


『こいつ、口をぱくぱくさせてるぜ!』


 市宮が、芯から楽しそうにいった。


『俺達の酸素を……』


 いかにも自慢げな夢矢が、ハッと口をつぐんだ。


 それまで全くの無表情だった桐中が、不快感もあらわに夢矢を(にら)んでいる。


 酸素。この状況で、酸欠なはずがない。逆だ。酸素が濃すぎる。その元凶は、桑葉でもあるが、より直接には温室の植物だ。


 ならば、やるべきことは一つしかない。


 まずはとにかく前身。意思表示。これが大事。


 桐中は、花坂が()ってでも前身しようとしているのを見てとると、道案内を再開した。


 それでいい。桐中は、一度に一つのことしか読心できない。かつ、背後にいる人間からも読心できない。さっき、桐中のトラウマをあれこれ推測したのに、彼女の歩調には何の乱れもなかった。


 爆発男のときもそうだった。たしかに凄まじい力ではあるが、どこかいびつで、融通が利かない。そうした共通点……厳密には共通の弱点は、わざと設けられたのだろう。謀反(むほん)を起こしてもすぐ鎮圧できるように。


 花坂は、全身の気力を(ふる)いたたせた。立つことさえ難しいが、方向を百八十度近く変えて小角へ近づいた。さっき睨まれたせいで、市宮らは萎縮(いしゅく)したのか沈黙している。


 気づくな……。気づくな……。


 永遠とも思える十数秒を経て、花坂は小角の元にたどりついた。彼女は仰向けになって荒く息を継いでいるが、好都合だ。

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