第30話 温室の案内人 その一
敵味方が、こうした暗黙の了解で決戦に挑むのは珍しいことではない。お互いに、相手の立場になってあらゆる可能性を吟味していくからだ。
「わかった。じゃあ、明日までゆっくり休もう」
「はい」
塚森はもちろん、小角の理解が花坂には嬉しかった。
「花坂君、あたし焼きそばでいいから。小角さんは?」
「え……?」
「だって、もうすぐ夕方だし。ダイエット中とか?」
「で、でも……」
「そういうのは、俺に任せてください」
確かに、それこれやで時刻は夕方の六時を過ぎている。それに、調理は花坂の得意分野だ。
「ええと……じゃあ、肉じゃがでお願いします」
「はい、承知です」
花坂は快くうなずいた。
調理は花坂が自分の部屋で行い、食べる場所は会議室となった。食器は各自が持ちこみ、使ったあとは自分の部屋の台所で洗浄機を使う。
花坂は、自分の食べる品としては牛丼を作った。
約一時間後。
三人が椅子をならべて焼きそばと肉じゃがと牛丼を食べる場面は、そこだけを切りとるなら平凡な日常生活だろう。前後の経過を加えるなら、非日常を突きぬけて、正気の沙汰ではない。
「あたし、三歳のときに、伯父に連れられて初めてワクさんに会ってさ。伯父って、ウチの先代だけど」
焼きそばを手繰りつつ、塚森は独り言めかして明かした。
「ワクさん、それはそれは大歓迎してくれたよ。お菓子からジュースから。妖怪ショーまで」
「妖怪ショー?」
花坂は箸を止めた。小角は、じゃがいもを頬張りながら聞き耳をたてている。
「そのときから、ここにはろくろ首も足長手長もいた。で、二人……じゃなかった、三人がくねくね踊ったの」
ブッと音がした。小角が慌てて口元を手で抑えている。
「こんなつまらない話、あたしには笑えないよ」
「ご……ごめんなさい……」
笑いを押し殺しながら、小角はハンカチを出した。
「まあ、でも、笑ってくれた方が少しはあたしも気が楽になる」
塚森は焼きそばをすすった。花坂は、そのタイミングを狙って牛丼をかきこんだ。
「黄金さんと、先代所長はお友達だったんですか?」
花坂も、そこは興味があるので、牛丼を飲みこむなり聞いた。
「腐れ縁だよ。そもそも、ワクさんは神主だった」
「へぇーっ」
素直に彼は関心した。先代所長が仏僧だったところからすると、そして塚森が先代所長の姪であることからしても、何となくうなずけてしまう一件だ。
「まだ小さかったし、あたしは愉快なおじさんだと思ってた。でもね、その日の最後に、ワクさんが真顔で自分の家族にならないかって聞いてきた」
「つまり……養子に?」
花坂は、あえて答の分かりきった質問をした。
「そういえば聞こえはいいけど、後継ぎ要員だよ。あたしはその当時から、弱いけど霊能があったから」
「黄金さんは、決して善意だけからじゃなさそうですね」
小角も、無関心ではいられないようだ。
「善意どころか。あとで伯父から聞いたけど、あいつ、あたしの前にも、これはと思う人間にかたっぱしから声をかけてたよ」
「養子になった方って、いらっしゃったのですか?」
「何人かいたけど、みんな逃げだした。修行と称して奴隷みたいな待遇を強いられてたみたい。あいつがゼニカネを稼いだのも、そうした手口が元手」
「ひどい……」
「先代所長は、どうしてまた黄金さんに先生を会わせにいったんでしょう?」
花坂は、小角とはまた一歩離れた視点に立った。
「それも大概でさ。伯父はワクさんに借金してて、返済を待ってもらうかわりにあたしに養子の声がけをさせるって取りきめだったわけ」
「まさか、信じられませんね」
だから、塚森は奴隷がどうこうと黄金にいったのかと花坂は納得した。人身売買に限りなく近い。
「あたしだって冗談だと思いたいよ。ちなみにあたしが養子になったら借金はチャラ。結局、その借金はあたしが引きついで完済した」
「そ、そこまでは知りませんでした」
助手として、聞き捨てならない。小角もぎゅっと箸を握りしめていた。
「そりゃ、他人にべらべら喋る話じゃないから」
「塚森さんがお話してくださったのは嬉しいですけど、どうしてまた……」
「ごめんね、小角さん。ご飯がまずくなる話題で。けどね、この先、こうやってゆっくり語ることができる機会ってめったにないし。ワクさんがどんな性格なのか、はっきり知って欲しいし」
「それはよろしいのです。ただ、黄金さんを頼るのに抵抗はなかったのですか?」
かなり大胆な質問を、小角は放った。
「そりゃ、理不尽にお金を取られたんだから、利用できるときに利用しないと。ほんの少しは元を取れたかな」
ゴキブリが嫌いな人間がそれを目にしたとき、逃げ回る人間と殺す人間がいる。いうまでもなく、塚森は、後者である。そして、ゴキブリは利用できないが黄金はできる。
とはいっても、自分が抱える不満や孤独をわかちあっても欲しいはず。いうまでもなく、そんな推察を口にだすほど、花坂は愚かではない。
「いえ、伺えて良かったです。私も、自分の話ばかりでございました」
小角が塚森を気づかうのは、社交としても当然だが、こまやかな心配りが身についてもいるのだろう。
「明日、何時に起きますか?」
花坂は二人に聞いた。それはつまり、決戦……そういって悪ければ前哨戦……に踏みきるタイミングを意味した。
「八時くらいでいいんじゃない? 朝ごはんは目玉焼きで」
塚森はいつもの調子を崩さなかった。
「はい、私もそう思います。フレンチトーストをお願いします」
小角が、自分から希望を述べてくれたのが何より喜ばしい。
「じゃあ、その要領で。スマホに黄金さんからの情報がきてると思いますから、確認しておいてください」
本来、食事が終わって一段落したなら、それこそ明日の作戦を決めておくのが筋ではある。
敵の情報は貴重な手がかりだが、花坂達は軍隊ではない。几帳面な手順で行動する訓練など積んでない。ライフルやマシンガンのような、撃てば死ぬといった明確な結果がでる手段があればともかく。敵も味方も、その場その場でどれほど自分の力が高まっていくのか定かでない。行きあたりばったりなのは百も承知で、敵任せに進むしかなかった。
さておき、食事は塚森からも小角からも好評であり、自分で食べた牛丼も我ながら納得がいった。
「ごちそうさまでした」
三人で唱和し、それぞれ引きあげた。
持ちかえった食器を台所の洗浄機に入れながら、花坂はぼんやりと明日の行く末について考えた。
生きて帰ったら、小角との関係は切れる。普通そうなる。建前上、彼女は職場の後輩となってはいる。あくまで実態は依頼人であり、助手の彼が恋愛するなど倫理にもとる。だいいち、仕事がすめば彼女はいなくなる。それを追うのはストーカーそのものだろう。花坂にとって、失恋よりはるかに致命的な醜態だ。
とはいえ、塚森も含めて、互いに命を預けあう間柄でもある。知りあって三日もたってないのにそうなったのは、花坂の力が叶えたことだ。なんとも皮肉な巡りあわせといえよう。
花坂は、会っただけで塚森や小角の潜在能力を開花させたことを、喜ばしいとも禍々しいとも感じていなかった。とりあえず相手の利益になったのは良い。それも、例えるなら、コンビニで興味のないスピードくじを譲ったら、譲られた人間が一等賞を当てたくらいのものだ。
どうせなら、こんな力とは無関係な形で小角に会いたかった。ボディビルダーをやっているせいでもあるが、自分が意識して努力したのではないことで機会を得るのが、何となくうしろめたい。職業意識もあり、その意味でも、小角を意識しつつ先に進めなかった。
洗浄機の蓋を閉じ、スイッチを入れてから、花坂は浴室へと歩いた。明日の結果がどうあれ、身綺麗にしておくのは譲れない。その背後で、食卓に置かれたままのスマホが鈍く光っていた。
翌朝。
会議室で、一同は朝食をすませた。花坂は、塚森と小角の希望に即して目玉焼きとフレンチトーストを作り、自分にはゆで玉子を用意した。当然、人数分のサラダも添えて。米飯も用意したが、小角は遠慮した。
感謝と称賛に満ちた食事が終わり、それぞれ食器を持ち帰ってから、ふたたび会議室に集まった。
「小角さん、お願い」
「はい」
花坂達はすでに、スマホで三辻の情報は把握ずみである。浮橋と同様、本社出向組で恵みの大地の職員。表向きは広報係長をしており、年齢二十七歳。身長は一七七センチ、体重は七三キロ。顔も覚えた。
この時間帯なら、確実に出勤している。
そして小角は、昨日よりさらに成長した。会議室から、自分達を瞬時に目的地へ転送した。
花坂達は、植物園もかくやという温室にいた。天井までの高さだけでも、十メートルはある。
生ぬるい空気が吹きぬけ、ガラス張りの壁からさんさんと日光が降りそそぐ。
色とりどりの花が咲きみだれ、甘かったり辛かったりする香りが濃く薄くたなびいている。
「これ……人だよ」
塚森が、どうにか自制心を保ちながら花坂達に告げた。




