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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第29話 餓鬼道の債務者 その六

 ここに黄金や塚森達の姿はなく、ろくろ首だけがいた。


「ここがあなたの部屋です。あとのお二人にも、それぞれ個室が用意されています。話し合いが必要なら、それ専用の部屋が別個にあります」

「使い方はどうなっていますか?」


 部屋を見回し、花坂は唯一の難点に気づいた。外にでるためのドアがない。


「パソコンを起動して、会議室の使用というアイコンを選択すれば、自動的にあなたのいる場所が変わります。会議室の入退室は、ドアから直接出ればこの部屋に戻ります」

「外出するときは……?」

「会議室とはまた別なアイコンに、そのものがあります。外出した場合、あなた達の車のすぐそばに即座に移動します。戻るときは、歩いてこの事務所の敷地に入れば自動的にここにきます」


 ろくろ首の説明は、淀みなくそつがなかった。


「黄金さんと面会するのも、同じパソコンでアイコンが構えてあるんですか?」

「はい。私を呼び出すときにも使います」

「ろくろ首さんを……?」

「黄金がいない場合、私が代理となりますので」


 考えてみれば、黄金だって外出することも普通にあるだろう。


「失礼ですが、食材なんかは自前で調達してくる必要がありますか?」

「いいえ、パソコンを通じて注文すれば冷蔵庫に即座に配達されます。食器は食器棚からご自由にどうぞ。台所には洗浄機もあります。なお、食材の代金は黄金が払います。ここの設備を使った通信費や光熱費なども同様です」


 至れり尽くせりだ。


「あのう、この事務所って、部屋をぱっと切りかえたり瞬間的に外に移れたりしますけど、どういう仕組みなんですか?」

「それ担当の妖怪がいます」

「部屋は最初からこの事務所に備えてあったんですか?」

「それ担当の妖怪がいます」

「あ、はい、ありがとうございます」


 深く詮索するのはやめよう。差し当たり、機能的には利にこそなれ損にはならない。


「他にご不明なことがあれば、いつなりとお申しつけ下さい」

「ありがとうございます」

「では、失礼します」


 ろくろ首は消えていなくなった。


 黄金が劣悪債務者に冷酷なのは、仕事というものだ。約束を守るのもいい。


 しかし、これはこれで気前が良すぎる。アジトといっても、男女関係なしに六畳程度の部屋で雑魚寝させられるくらいに思っていた。


 花坂は、恩義には恩義で報いるように意識している。塚森や小角だってそうだろう。


 黄金は、与えるときはこの上なく与え、奪うときはこの上なく奪う。つまり、自分達も無制限に厚遇され続けるわけではない。その意味でも、この件はさっさと片づけたかった。


 と、また部屋の様子が変わった。白板と長テーブルが据えられた、一目で会議室とわかる会議室だ。折り畳み式のパイプ椅子も人数分ある。


「ごめんなさい。どうしても、これからのことをみんなでお話しておきたくて」

「全然構わないから。あたしだってそのつもりだったし」

「俺もです」


 そこは、花坂も偽りない本音だ。


「まず、私のことから話しますね……お二人とも、着席してください」


 小角の姿は、いかにも有能だがまだ経験の足らない新入社員のプレゼンさながらに思える。


「花坂先輩。さっきは助けてくださりありがとうございます」

「あ、いや……」

「私は、先輩や先生の力にならねばならないのに、足を引っぱってしまいました。ごめんなさい」

「花坂君も、小角さんも、それからあたしも。最善を尽くした。だから、それ以上はなしにして」


 花坂が何かいう前に、塚森が、ビシッと断言した。その指示は、花坂の自尊心を大いに満たした。小角にしても同じなのが、本人の表情から知られた。


「それでは。私が、黄金さんにお話したことをここでお伝えします」


 小角は、たったまま二人に宣言した。花坂は、塚森と同様、黙って先を待った。


「私は母子家庭で育ちました。母は、TWCの元社員です」


 淡々と語る小角の表情には、何の変化も浮かんでなかった。花坂は、思わずパイプ椅子の肘かけを握りしめたが、辛うじて口を開くのを思いとどまった。


「そして。父は、先代TWC社長の、平岩(ひらいわ) 友道(ともみち)です」

「えええーっ!」


 これが我慢できずにいられるか。花坂は腰を浮かして、パイプ椅子を勢い良くうしろにずらした。


「座ってな」


 塚森が、花坂のシャツの裾を掴んだ。


「す、すみません」

「いえ、驚くのは当たり前です。こちらこそ、黙っていてごめんなさい」


 小角の謝罪を受けつつ、花坂は椅子を元の位置に直して座った。


「もっとも、私は父から認知されていません。それに、父は三年前に死にました」


 小角の顔には、悲壮感など欠片もない。昨日読んだネットニュースの説明よりも無感情だった。


「母は、昔、父の部下でした。正確には秘書でした。父は妻帯者で、私が生まれたときには一人息子がいました。その一人息子が現社長、平岩(ひらいわ) 知勇(ちゆう)です」


 花坂は、塚森の助手として、依頼人の秘密はごく客観的かつ冷静に処理してきた。早くいえば他人事だった。


 今、生まれて初めて他人の事情を我が事同然に受けとらねばならなくなった。


「父が死んだのと、知勇が現社長になったのと、知勇の手で福丸がTWCになったのは、ほんの数ヶ月の間の出来事でした」


 だんだんキナ臭くなってきた。


「私は、大学に進学したのを境に母と離れています。でも、そのとき、母は私に教えました。父は知勇に殺されたのだと」

「ど、どうしてそんなことが」


 花坂の質問は、知勇の犯行動機と、世間には隠蔽されているはずの犯行を何故知りえたのかと、二つにまたがっていた。


「母に、匿名で情報をもたらした人がいるそうです。ただ、私は詳しい内容までは教えられていません。とにかくTWCとは距離を取るように、とのことでした」

「警察には伝え……」


 自分の疑問のくだらなさを、花坂は途中で察知した。あんな魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもがうごめく会社を、警察がまともに捜査できるはずがない。それに、下手に動こうものならあっさりと抹殺されただろう。


「でも、あなたは監視されていたのね」


 塚森の言葉に、小角はうなずいた。黄金が、あとで本人に聞けといったのはこのことか。


 監視の実行役が市宮であること、市宮が自分の性癖を暴走させて自滅したこと。それらが妖怪化の結果なのは間違いない。


 TWCの情報部とやらにせよ、三辻にせよ、花坂や塚森のような存在がいたのはとんだ計算外れだったろう。


「最初から、それと知っていたの?」


 塚森は、かなり際どい問いかけを小角に放った。


「いいえ。始めは、あくまで父と父の死についてだけ知っていました。TWCのこともできるだけ無視していました。でも、友人がHMBのせいで亡くなって……」


 因縁は、こちらから拒絶してすむとは限らない。むこうからやってくることもある。いかにも無関係なふりをして。


「なおさら、TWCは倒さないといけませんね」

「知勇と、帯男を倒さないといけないです」


 小角は、花坂の決意を微妙に修正した。


「あ、確かに」


 花坂も、自身の迂闊(うかつ)さを恥じた。TWCの社員全てが、オカルトもどきな妖怪主義者ではない。黄金の目論見と微妙にずれるかもしれないが、妖怪化云々が根絶されれば結局は同じだろう。


「とにかく、三辻と対決しなくちゃ。でないと、あたし達はここでおしまいだよ」

「本当に、そう思います」


 深くうなずく小角を見ながら、花坂も同じ仕草を行った。


 手順を逆にして、知勇から先に倒すというやり方もあるにはある。小角が彼に抱える因縁からすれば、むしろそちらが妥当とすら思える。


 しかし、そうなると、残った三辻や星浦がどう暴走するか予測もつかない。それに、知勇は妖怪化された人間が謀反を企むことを見越して、とうに様々な対策をたてているだろう。それは花坂達と戦うときにも使われるはずだ。


 つまるところ、外堀を埋めながら少しずつ本丸の情報を手にしていくやり方しかない。


「それで、いつやるのかって話だけど……」

「今日はゆっくり休んだ方がいいです」


 花坂は、塚森に……ひいては小角にも……断言した。


「知勇が先手を打ってきませんか?」


 小角は、ごくもっともな可能性を明示した。


「俺達に時間がないのは当然ですが、焦って深入りすると、体力や気力が尽きたときにむこうの反撃を受けます」


 花坂は、一呼吸置いて続けた。


「夢矢と浮橋を失い、むこうは俺達の力を計り直しているはずです。幸い、俺達にはここ。完璧なアジトがあります」

「相手の態勢が完全に整うまでの間に、休息をすませて次の行動に移るのね」


 塚森が、花坂の真意を的確に汲みとった。


「そうです。相手が二十四時間で態勢を整えるなら、二十二時間休んで、二十三時間後に仕掛けるんです」


 理論的には、それを繰り返していけば後手には回らない。必ず先手になる。


「でも……具体的に、どのくらいの時間が残っているのかがわからないでしょう?」


 小角は、控えめな口調ながらもしっかりと反論した。


「夢矢はまだしも、浮橋は犠牲者の拉致にかかわってきました。恵みの大地の規模からすれば、十人二十人では効かないでしょう。今ごろは、企業としての体面を保つために、慌てて隠蔽工作(いんぺいこうさく)をしているところですよ」


 この推察には自信があった。というより、三辻がそれほど優秀なら、あえて隙を作って花坂達がくるのを待ち受けるだろう。花坂達も、それと知りつつ利用できる部分は最大限に利用する。

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