第21話 強欲な情報屋 その二
太陽も青空も消えてなくなっている。代わりに赤黒い、毒々しい光がラブホテルの敷地全体を包んでいた。地面からは、油の粒が水面に浮かぶかのように、絶望や憎悪に歪んだ無数の人間の顔がうすらぼんやりと空中へあがっては消えていく。
「せ、先生……」
「あー、ウチにいるのより悪質なのもいるから、なるべく無視してね。へたに怖がると図に乗って取りついてくるから」
歩きながら、振りむきもせずに、塚森は小角に忠告した。
「そういうことは早くいって下さいよ」
花坂は、不覚にも声の震えを抑えきられなかった。なまじ事務所で悪霊と接してきたからこそ、さっきから湧いてくる顔の禍々しさが正確に把握できてしまう。
事務所にいる悪霊は、塚森が管理しているし、原則として花坂には手をださない。だが、ここの連中は関係ない。
小角の手前、もっと堂々としていたい。しかし、怖いものは怖い。
「まー、悪趣味なのは前から知ってたし。あたしだけ会いにいくってわけにもいかないし」
「悪趣味……?」
花坂は反射的に繰りかえした。恐ろしさが、瞬間的に好奇心で多少なりと薄まった。
「ここの所有者。情報屋の……」
「やめておけ、塚森」
何の前触れもなく、花坂達の頭上から声がかけられた。
「うわぁっ!」
「ひぃっ!」
花坂と小角は同時に絶叫し、右半身と左半身がぶつかった。
一同と客棟に挟まれた配置で、人間の両足がある。というのは錯覚に近く、足だけで数メートルはあろうかという、人間めいたなにかがいた。足の長さ以外にはこれといった特徴はなく、顔や身体つきからすれば、男のようだ。時代劇の庶民が身につけているような和服をまとっている。
彼は、一人の人間……らしく見える存在を肩車していた。こちらは、両腕の長さが数メートルもあり、それ以外は普通の人間と大して変わらない。もっとも、衣服は足の長い側と似たような品だった。
「今日は、足長手長」
塚森は、花坂や小角にするような口調で挨拶した。そのものずばりで、肩車している方が足長、されている方が手長なのだろう。まごうことなき化け物だ。
「やめておけ、塚森」
同じ言葉が同じ化け物の口をついてでた。足長手長の内、喋っているのは手長の方だ。太くて低い声音をしていた。
「あたしだって来たくなかったけど、他に行くところがなかった。出入口を開けてよ」
「俺達は、お前がきたら追いはらえと命令されている」
手長は、無慈悲な事実を花坂達に振りおろした。
「ふうん。じゃあ、力ずくでいくしかないね」
「お前では俺達に勝てん」
「あんた達なんて、こっちのお嬢さん一人で充分よ」
塚森は、背中越しに親指で小角を指した。
「えええーっ!」
小角は腹の底から絶叫した。
「せ、先生! 一体どういう意味ですか!」
花坂も、とがめるような口調になってしまった。
「いった通りの意味だよ」
塚森は平然と答えた。
小角のひきつった表情を見るにつけ、花坂は塚森の内心が理解できなかった。さりとて、こんなときに無責任な一時しのぎを口にするほど、塚森は愚かな人間ではない。
「ふんっ。お前よりはるかに弱そうだぞ」
「そう思うんならやってみれば? 二人がかりでも一人ずつでもいいけど」
「ほざいたな! こんな小娘、俺一人で充分だ!」
「じゃあ、手長だけで小角さんを食べるのね」
塚森が感情を交えずに述べると、小角が肩を縮めて一歩うしろに下がり、足長が手長を見上げた。
「い、いや、もちろん足長にも分け前はあるとも。少しは」
「少しは!?」
それまで黙っていた足長が、声を荒げた。手長とは真反対に、甲高く耳障りな声域だった。
「小娘を倒すのは俺だ。だから、俺の取り分が多いのは当たり前だ」
「お前をいつも支えているのは俺だ! だから、俺の取り分の方が多くて当たり前だ!」
「上下で口論しても仕方ないでしょ。手長も、たまには降りて足長とむかいあったら? 足長が怖いの?」
「怖いものか!」
塚森の挑発にのって、手長は足長から降りた。
「足長も、そのままじゃ喋りにくいから、座ったら?」
「良し、いいだろう」
足長は長いあぐらをかいた。
「じゃあ、小角さん。二人が喧嘩しないよう、しっかり抱きあわせて」
座った足長と立ったままの手長がむかいあってすぐ、塚森は肩ごしに振りかえっていった。
「は、はいっ」
小角は紐を放ち、足長手長をぐるぐる巻きに縛りあげた。互いの手足が紐から出てはいるものの、まともに戦える状態ではない。
「ややっ、これはなんとしたことか!」
足長は、手長の胸に顔を埋もらせながら叫んだ。
「むむっ、身動きできん!」
手長は、両手をばたばたさせた。二人で抱きあっているとあってはなんの意味もない。
「いったでしょ、彼女一人でいいって」
塚森は、ついと下顎をあげて足長手長にいい渡した。
「あっ……俺達をだましたな!」
異口同音になる足長手長。
「人聞きが悪いね。負けたんだから、さっさと案内して」
「……」
縛りあげられた立場で、ぐだぐだ文句をいっても始まらない。
手長は、右手の平を地面につけて軽くなでた。その辺りが長方形に青く光り、地下へ続く階段が現れた。大人が三人横にならべるくらいの幅で、三十度くらいの角度があった。
「念のために、あたし達が帰るまではそのままでいてね」
「おいっ、それはないだろう! 俺達を自由にしろ!」
わめく手長を無視して、塚森は階段を目指した。花坂と小角もあとを追った。
階段は、両脇の壁が青白く光っているおかげでどうにか安全に降りられた。しかし、先行きは真っ暗で、どこまで深いのかわからない。
自然と、三人が横一列になった。
「先生、TWCだけじゃなくて、これから先、こっちでもあんなのがでてくるんですか?」
花坂は、悪霊だの化け物だのがでてくるのは、あくまで自分達と敵だけの話かと思っていた。
「うん」
「さっきは……どうなるのかと思ってしまいました」
言葉とは裏腹に、小角は自信をつけたようだ。
「うん」
塚森は、今一つ積極さが欠ける返事をした。
「ところで、俺達はこれからどこへいくんです?」
「イチゴに飽きたらどうしよう……バナナとかメロンは安直っぽいし……」
塚森はぶつぶついっている。
「先生……」
小角も、遠慮しつつ塚森の注意を自分や花坂に戻そうとした。
「チョコレートかな……やっぱり王道……」
「先生!」
花坂が改めて呼びかけると、塚森ははたと止まった。
「どうしたの?」
「ですから、俺達はこれからどこに……」
「あれっ、まだいってなかったっけ」
「住所を聞いただけです」
「ごめんごめん。ヒーゲンデッスの専門店って近くにあったっけ……あ、いや、情報屋ね、情報屋」
花坂のこめかみに、壁の光よりもっと青白い井戸マークが浮かびかけたのを見て、塚森はようやくアンテナを切りかえた。
「情報屋さん?」
『さん』をつけるのが小角らしい。
「そう。黄金 湧造。どうせ偽名だけど、腕は確かだから」
「名前からして、この上なくうさんくさいですね」
塚森がやっとまともに反応したので、花坂もいつもの調子になれた。
「実際、ごうつくばりでいけすかないよ。さっきの足長手長も、黄金が契約で縛りつけた番人だと思うし」
「ど、どうやって……?」
小角は思わず息を飲んだ。
「黄金はね、人の……足長手長の場合は妖怪だけど……弱みにつけこむのがとてもうまいの。あたしや小角さんみたいな力を持ってるけど、それは自分との契約を強制させるってことなの」
「妖怪!?」
花坂と小角は、同時に声を上げた。
「そう。妖怪。落ちぶれた元神様。悪霊は人間の魂が落ちぶれたものだけど、妖怪はその上位互換ってとこかな」
「嫌な上位互換ですね。でも、黄金は最初からそんな力を持っていたんですか?」
花坂としては、ぜひ確認しておきたい情報だった。
「さぁね。見方を変えれば、黄金だって妖怪みたいなものだし」
「これまでに会ったことって、ありますか?」
小角が、花坂とはまた別な角度からの質問をした。
「一回だけ。小さいときだったから、ろくに覚えてない」
「何歳くらいのときです?」
花坂も興味を持った。
「三つだったかな」
「そんな小さい……何、あれ?」
小角の興味が、塚森の思い出から階段の壁や天井に移った。正確には移らされた。
『カネ! カネ! カネ~』
いつの間にか、大小無数の亡霊がへばりついている。そして、この世でもっとも重要な存在を口々に連呼していた。




