第19話 小鬼の飼い主 その四
このまま夢矢に自分の拳をふるいたいが、天井の隅に据えられた防犯カメラが気になった。無関係な人間からすれば、夢矢と花坂がただむかいあっているようにしか見えない。恵みの大地に直結するTWCは、国際企業なのだ。ここで職員の彼を殴ろうものなら、後日どんな圧力が及ぶことか。
となれば、塚森達と合流するまで。回れ右して走った。
「逃がすか!」
夢矢は花坂を追うが、根本的な筋力がまるで異なる。らくらくと夢矢を引きはなし、会議室のドアを開けた。と同時に戸口で急停止した。
塚森と小角は、着席したまま不自然にうなだれている。気絶している可能性が高い。手つかずのペットボトルが置かれたままのテーブルには、花坂の胸くらいな大きさをした鉢植えが置いてあった。それには一株の雑草が植えられている。
白板の脇に勝島がいるのは当然として、頭数が一人増えていた。名札には『桑葉』とある。夢矢より多少は背が高いが、歳はむしろ花坂に近い。そして、引きしまった体格は肉体的な鍛練の積み重ねを無言で誇示していた。爆発男よりずっと均整が取れている。ボディビルとはまた別種の筋肉で、明らかに水泳やマラソンなどの方面だった。
「やあ、ようやく全員そろいましたね。さ、お席について下さい」
白く輝く歯も爽やかに、新たな男、桑葉はかつて花坂が座っていた椅子を指した。
夢矢が追いつくまでの数秒で、花坂は決断せねばならない。まず、塚森達は死んではいない。むろん、あの鉢植えが彼女らの変調と関係しているのは簡単に推察できる。
同時に、塚森達が無力化しているということは、桑葉に彼女らの力が通用しない可能性が高い。
「退屈なお話で申し訳ありません。とはいえ、見学にいく前に戻ってこられてなによりでした」
勝島が満面の笑みを浮かべた。夢矢がすぐそこまで迫ってきている。
花坂は決断した。すなわち、その場で靴を脱いだ。
「き、貴様……なんという……なんという非衛生なマネを!」
夢矢は、花坂に伸ばした手が届くところまできて急停止した。
「たいして変わらないだろ? ていうか、不潔なサンダルで水虫になったかもしれなくてな。ちょっとした応急処置だ」
身長二メートル近い花坂が、平凡な体格の夢矢を見おろして口にするのは、言葉以上に凄まじい威圧感がある。
さらには、勝島所長の目の前だ。夢矢からすれば、これを激怒せずしてなにを怒る。
「き、貴様ぁーっ!」
期待に背かず逆上した夢矢は、花坂に殴りかかった。身長差がありすぎるせいで、自然に花坂の腹が的になる。花坂は、夢矢の拳を避けもはたきもしなかった。
夢矢の攻撃は、そのまま花坂の腹に命中した。せいぜい壁に小石をぶつけた程度のダメージにしかならない。お返しに、まだ発動している塚森と小角の力が夢矢の拳にかかる。
「ぎゃあああっ!」
拳が炎にまかれ、夢矢は手足を縮ませてひるんだ。防犯カメラには、花坂がサンダルを脱いだことで夢矢が殴りかかり、花坂の腹筋で自分の拳を痛めたようにしか写ってない。あとで咎められても、サンダルが足に合わないから思わず脱いだ、くらいな弁明ですむ。逆に非難されるのは、明確に暴力をふるった夢矢となる。
しかし、真の勝負はここからだ。
花坂は、夢矢を抱えた。それなりに重いが、どうということはない。そのまま会議室に入り、テーブルの鉢植えめがけて彼を投げつけた。
そのころには、夢矢の拳についた火が彼の衣服にも移っていた。つまりは火だるまになって鉢植えに突っこんだ。花坂のそれにも火はきているが、かまわず室内に乱入し、塚森と小角を両肩に担ぐ。
夢矢の火は、鉢植えに近づくと、急激に衰えた。それでも完全には消えず、夢矢が鉢植えを横倒しにしたとき葉や茎を燃やし始めた。もっとも、生きている植物なので、いまのところはくすぶって煙が起きただけだ。
それこそが花坂の狙いだった。煙を感知して警報が鳴り、スプリンクラーが作動した。猛烈な水しぶきで視界が遮られる。そして、無関係な他の職員達が、ひどく驚きつつも利用者を屋外に避難させ始めた。そこだけは、花坂も心の中で詫びるしかない。
どさくさ紛れに、花坂はロビーまでいって自分達の靴を回収した。両手に塚森と小角の分を持ち、自分のは口にくわえて。はなはだ珍妙な図だが仕方ない。
サンダルを脱ぎすて、花坂は二人を担いだまま靴下姿で駐車場まで走った。口から自分の靴を落とし、それを履きながら車の屋根に塚森の靴を置いてポケットから鍵をだす。ボタンを押すと、車幅灯が点滅してドアのロックが外れる音がした。
まず塚森を地面に横たえ、ドアを開けて小角を後部座席に押しこむ。ついで、ドアを閉めてから塚森を抱え直し、反対側に回って同じように小角の隣に塚森を座らせた。
「待てーっ!」
血相を変えた桑葉が走ってくる。その背後には、焼け焦げた衣服をまとった夢矢もいた。
運転席についた花坂は、シートベルトなど無視してエンジンをかけた。即座にハンドブレーキを解除してアクセルをふかし、ハンドルを回す。
施設の駐車場は、スムーズな出入りができるよう、出入口が二か所ある。だから、一度車をだしてしまえば追いつきようがなかった。
「う……うーん……」
恵みの大地が遠ざかっていくのを背景に、二人が後部座席で目を覚ますのがバックミラーでわかった。
「気がつきましたか」
「ハッ。わ、私……拉致されたの!? い、イヤーっ! 触らないで!」
寝ぼけるのは塚森だけで充分なのに、小角もかなりな重量級だ。
「落ちついて下さい。花坂ですよ」
「は、花坂さんまで敵になっちゃったのね!」
「敵の施設から脱出したところです!」
「私、知ってますから! イカ部屋ってところに連れてくんでしょ! そして男の人に……」
「それをいうならタコ部屋です! そもそも自由に身動きできるでしょう!」
「あ……はい」
ようやく小角は理解に至った。そして、はしたない言動を思いかえしてか、顔を赤らめた。そんな姿も悪くないと、つい思ってしまう花坂であった。
「お、小角さん!?」
「先生、私達……」
「拉致されたのね!? これから改造手術でサイボーグにされるの!?」
「……」
もう何もツッコむ気になれない花坂。
それから三分ほど時間をかけて、小角が塚森をなだめた。塚森が事態を把握するころには、車は恵みの大地から五キロほど遠くまできた。気を緩めることは出来ないものの、とりあえず脅威は去った。




