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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第18話 小鬼の飼い主 その三

 出入口の自動ドアをくぐると、ロビーを経て受付が正面にあった。ロビーにはソファーが二、三脚あったが、客はいない。壁際の自動販売機はミネラルウォーターや麦茶のような、脂質もカフェインもない品だけが陳列されている。いかにもなラインナップというべきか。


「いらっしゃいませ」


 受付にいる、若い女性がにこやかに声をかけた。花坂達は、下足箱を使って、内履きに靴を変えてから受付に近づいた。


「お世話になります。見学を予約した、真中会の皿良です」

「はい、承っております。身分証を拝見してよろしいでしょうか?」

「こちらで」


 小角は滑らかな動作で品を出した。加工写真の貼りついた身分証を、ほんの数秒ほど受付は確認した。


「ありがとうございます。ご案内がくるまで、ロビーのソファーでおかけになってお待ち下さいませ」


 塚森や花坂の身分証までは、提示を求められなかった。用意しておくのは当然ながら、先方も煩雑(はんざつ)な手間は控えたいのだろう。なにしろ大口の寄付がかかっているのだから。


「ありがとうございます」


 こうして、花坂達はならんで座った。


 数分後、三十代とおぼしき男性がロビーにやってきた。花坂らはいっせいに立ちあがる。


「これは、ようこそ。施設長の勝島(かつしま) (さとし)と申します」


 勝島の身長は人なみだが、小太りで大した筋力はない。ただの管理職という風情ながら、油断はならなかった。


「わざわざ恐れ入ります。宗教法人 真中会の代表、鍋善です」


 塚森が頭を下げた。以下、花坂と小角も然るべく儀礼をすませる。


「では、さっそく見学に移りましょう。こちらへどうぞ」


 勝島は率先して歩きだした。ここは、相手に身を任せるしかない。 花坂達は、まず八畳ほどの小さな会議室に案内された。ペットボトルに入った麦茶と、施設案内のパンフレットも三つずつ用意されている。


「こちらで、五分ほど当施設について説明致します。退屈かもしれませんが、非常に大切な理念でございます。なにとぞおつきあいのほどを」


 壁際に置かれている白板を軽く右手で指し、勝島はにこやかに述べた。


「まずは、パンフレットをお手にとって、見開きをだしましょう」


 花坂達が応じると、施設内の見取図とともに、吹きだしをつけた説明文が現れた。その中に、『清掃係詰所』なる一室がある。


 いわく、『当施設の感染症対策は完璧! ほこり一つ見逃しません! 利用者の皆様はもちろん、ご家族の皆様がいつでも快適にお気軽に訪問できるよう、専門の係が常駐しています!』と力説する、青いツナギに青い帽子を身につけた若い男性の写真が印刷されていた。『清掃担当 夢矢(ゆめや) (きわみ)』だそうだ。


「す、すみません。手洗いにいきたいんですが……」


 花坂は、勝島の台詞が途切れるのをまってすかさずねじこんだ。小角と塚森が、無表情を(よそお)いつつ、そろって肩肘を張る。


「ええ、どうぞ。場所はわかりますか?」

「はい、さっき見ました。私は構いませんから、そのまま講義を進めて下さいますか?」

「承知しました」

「どうもすみません」


 この機会。わずか五分だが、逃せない。見取図を丸暗記したのではないが、夢矢を自分のスマホに納めれば小角の力で白黒はっきりする。幸い、ここから清掃係詰所までは、歩いて一分とかからない。


 行儀は悪いが、歩きながらスマホをつける人間は珍しくない。顔を露骨に撮影せずとも、手足の一部でもレンズに捉えたらそれでいい。すでに、スマホは動画撮影モードにしてある。


 廊下に沿って、ときどきガラス張りの壁があった。ランニングマシンやベンチプレスを使って、熱心に運動する利用者が室内にいる。ボディビルダーの目からして、ざっと眺めた限りでは、指導として適切そうではあった。


 いざ詰所の前にくると、いきなりむこうからドアが開いた。顔写真入りの社員証を首から下げているので、夢矢とすぐ理解できる。パンフレットにあった写真とも一致。間近で眺めると、痩せた肉付きに神経質そうな細い目つきをしていた。


「今日は」


 夢矢はこのうえなく儀礼的にいった。


「今日は」


 この段階で、花坂は夢矢の両足を記録するよう、さりげなく手に下げたスマホをむけた。


「利用者のご家族様ですか?」

「いえ、見学にきた団体の人間です。手洗いを探していまして」

「なら、近い場所にいくところですので、ついでにご案内しましょう」

「どうも、申し訳ないです」


 この流れで嫌とはいえない。


「あと、利用者様の中にはスマホに敏感な方もいらっしゃいます。恐縮ですが、しまって頂けますか」

「これは失礼しました」


 もう画は手中にある。ためらいなく、花坂はスマホを胸ポケットにしまった。


「恐れいります。では」


 夢矢は、花坂に先んじて歩きだした。半歩遅れてついていく。


 数十秒ほどして、花坂は『休憩場』というプレートが天井から下げられた一角へ案内された。白いプラスチックの丸テーブルが二つあり、それぞれに背もたれつきの白い椅子が四脚ずつつけてある。例によって、脂質やカフェインと縁のない飲み物を展示した自動販売機もあった。手洗いも併設されている。


「ありがとうございます。助かり……」

「この時間帯は、利用者も職員もここを利用しない」


 夢矢は、もう敬語を使ってない。


「え? じゃあ、どうして……」


 返事の代わりに、花坂の周りの床から次々に小鬼が姿を現した。といっても床は傷一つついておらず、立体映像めいた現れ方だった。


「俺の小鬼どもは、お前の血の一滴までなめつくす。だから、施設の清潔さに影響しない」


 なににも増して重大だといわんばかりに、夢矢はいった。


 まさか施設の中で襲われるとは。花坂は、小鬼に包囲されたまま小指一本動かせない。彼自身は、小鬼に対抗する力がない。


「やれっ!」


 夢矢の号令を受けて、小鬼がいっせいに飛びかかった。そして、花坂に届く前にかたっぱしから火だるまになっていく。


「な、何ーっ!」


 夢矢は呆然と目を見開いている。


 花坂自身や衣服がなんともないのは、小角の紐がうまく抑えこんでいるのと、塚森が成長したことの二つがあわさっているからだろう。


 だが、夢矢は夢矢で小鬼をいくらでも創造できるようだ。何匹焼け死んでも床から湧いてくる。

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