第16話 小鬼の飼い主 その一
花坂も、物は試しとうなずく。
「ただ、どのようにてお願いしたらよろしいのでしょうか?」
「そんなの簡単だよ」
塚森は、花坂を検分したときと変わらないやり方で悪霊を一匹呼びだした。ついで、花坂が持ったままのスマホを指さした。
『恵みの大地、衛生十訓!』
すぐに、スマホから有益な音声がでてきた。画面にも小鬼がちゃんと現れている。
「小角さん、失礼ですが、スマホをだして一部始終を撮影し直してもらえませんか? そのあと、俺に送信してくれたら消していいですから」
本来、そんなことは小角にさせたくない。というより、自分や塚森以外の人間をあまり深入りさせたくない。
とはいえ、逆に、こうした作業をつうじて小角と気がねなく協力しあえるようにしたくもある。大げさにいえば、仲間としてチームワークを盛りあげる経験にもなる。そこは良し悪しだった。
「わかりました」
小角はなんのためらいもなく、自分のスマホをだした。
「ありがとうございます。じゃあ、最初から再生します。先生、よろしくお願いします」
「うん」
こうして、小鬼からえられた貴重な情報が、客観的な形で花坂達の手に残った。
「はい、どうも。じゃあ、地獄でゆっくりしてね」
塚森は、協力してくれた悪霊を燃やした。
「お二人ともお疲れ様でした。それで、TWC……というか、恵みの大地についてですが……」
花坂が述べかけたところで、小角がはっと顔をあげた。居眠りしかけていたのは明らかだが、むろん花坂も塚森もとがめるつもりはない。
「ご、ごめんなさい」
「花坂君、これ以上は初心者にはちょっとキツいよ」
「はい、まったくその通りでした。すみません」
花坂としても、小角の体力は意識しているつもりだった。そこは、いささか配慮が甘かったと自覚せざるをえない。
「平気です……私……」
「こういうときはちゃんと休んで。おやつでもあればいいんだけど、どう?」
「申し訳ありません。大して残ってないです」
そもそも、今日は食材を買いだしにいくつもりだった。そして思いだした。彼の髪は縮れたままだし、食材が消し炭になったことも含めて、塚森のせいだ。物忌み明けだったからやむをえないのだが。
「なら、この辺で今日のお仕事は終わりにしよ。悪いけど、おやつとかご飯とかお願いね」
塚森の要望は、本来の契約に則ったものだ。具体的な要領そのものは、花坂に一任である。
「はい。では、少し外出します」
「危険ではないのですか?」
小角が、疲労で心持ち青くなった顔をさらに青くさせた。
「むこうは待ち伏せがすべて失敗して、俺達の実力を計りかねてます。それに、すごく神経質な人間みたいですから、確証のない行動はとらないでしょう」
この見たては、花坂本人に自信があった。
「なら……いいですけど……」
「花坂君なら心配しないで。あと、小角さんを一人にはできないから、あたしはここに残るよ」
「なんだか申し訳ないです」
「みんなでできることを分担するの。あたしと花坂君は最初からそうしてたし。あなたはもう、とても立派に力をあわせてくれてるから」
「はい」
素直に小角はうなずいた。
「小角さんは、アレルギーや嫌いな食べ物ってありますか?」
花坂としては、聞いておいて当然の質問である。
「いえ、平気でござ……です」
「わかりました。いってきます」
出発前に、帽子で髪を隠すと心の中で硬く誓う花坂であった。
「いってらっしゃい」
図らずも塚森と小角が声を重ねた。二人は顔をあわせ、くすくす笑った。
一時間ほどして、手持ちの帽子をかぶった花坂がなんの差し障りもなく帰ってきた。はちきれんばかりに膨れあがった大きなビニール袋を、両手に持っている。
「お帰り。小角さんは、部屋で休んでもらってるから」
食堂の、花坂が出発する前と同じ席に座って、塚森は花坂を待っていた。
「わかりました」
そのとき、花坂の胃が盛大に鳴った。
「うわっ。すみません」
さすがに、花坂としてもショックだ。
「そういえば、朝ごはんまだだったんだよね」
そう。塚森が弁当を食べていたとき、花坂は小角に応対していた。彼の分は市宮のプロペラに粉砕されてしまった。
「はい」
「出かける前に、それこそ気がつけば良かったな。ごめんね」
「いえ、先生のせいじゃありませんから。ただ、これから三人分作ります。かなり遅くなりましたけど、お昼ということで」
それは花坂の本音だった。
「うん。じゃあ頼むね」
塚森は自分のスマホをだした。暇つぶしに適当なサイトでも眺めるのだろう。花坂を手伝わないのは、それが契約ということでもあるが、彼女がかかわるとかえって能率が落ちるからでもあった。皿の準備どころか、皿ごと悪霊を燃やしてしまうことさえ起きかねない。
買いだしもそうだが、調理もまた気晴らしに打ってつけだ。特に、ああした事態がひっきりなしだったあとには。今回は、血の巡りを良くしたいので、イワシを使うことにした。
花坂の帰宅から一時間して、遅い昼食ができた。小角は塚森が起こしにいき、花坂も交えて三人で煮魚を食べた。塚森はもちろん小角も喜んだので、彼としても面目を保った。
あとかたづけも終わり、一同は夕食を経て翌日まで休むことに決めた。これからは、常軌を逸した相手と、いつ終わるかわからない抗争が続く。休めるときに休むのは常識とすらいえた。
翌朝。
幸い、起きて朝食をすませるまで、敵襲もなく時間が進んだ。それから食堂を即席会議室にして、今後の方針を話しあう運びとなった。
花坂は、寝る前に髪を剃っておいた。できるだけ違和感のないようにしたつもりだが、塚森も小角も話題にすらしない。元の髪型になるまで月日はかかるが、これでようやくつまらない問題に解決がついた。
「恵みの大地は、ここから遠くない場所にあります。まずは現地まで偵察しにいくのはどうでしょう」
「うん、妥当だね」
塚森は、基本的に即断即決の人間である。
「小鬼から攻撃されませんか?」
小角は、花坂を心配そうに眺めた。
「施設内にいる間は手をだしてこないでしょう。万一、利用者に怪我人でもでたら責任問題になります。昨日も話にでましたけど、かなりな神経質ですし」
花坂も、そうした展開については夕べの内に想定していた。
「そこに小鬼の主がいるとして、どうやって見つけるのですか?」
「清掃とか衛生とかにかかわる部署にいるんですから、当たりはつきます。見学の最中に、俺がどうにかしますよ」
実のところ、塚森の力は強すぎて施設内では使いにくい。また、これまでのなりゆきからして、特別な力はなくとも施設の職員が襲ってくる可能性もある。小角にだけ荒事をさせるのは論外だが、二人で施設をうろつくのは不自然すぎる。花坂が一人でやる以外に、適任はいなかった。
「危険です、一人でなどと」
「小角さんの力で紐づけしてもらえばいいじゃない」
塚森の意見は、まさに花坂の意識していたところだ。もっとも、自分から口にするのはなんとなく気が引けていたので、その点でもありがたかった。
「それならいいのですけど……仮に小鬼の主を見つけたとして、そこからどうなさいます?」
「退勤時間を見計らって、こっちから襲う。なるべくなら捕虜にして、帯男のことを喋ってもらうよ」
塚森が抱える怒りは、彼女の強張った口元を見るにつけても、収まるどころかますます激しくなっていた。
「そのときは、私の力を市宮のときみたいに使うのですね?」
小角がその質問を絶対に譲れないのは、花坂にも充分に理解できる。
「もちろん。怖い?」
「いえ。早く友人の仇を討ちたいです」
小角は、むしろはりきってすらいるようだ。
「見学のときに、身分証をだす必要があるかもしれませんね」
迂闊に事務所や自分達の名前を晒したくはない花坂。
「はい。でも、まさか偽造はできません」
小角は、花坂が言外に匂わせた真意を汲みとった。
「うーん、相手はその気になったらいくらでも汚い手が使えるだろうし」
塚森は、彼女自身の力もあり、世間なみな倫理観にはあまりこだわりがない。
「私が身分証をだします」
きっぱりと小角は明らかにした。
「え? 小角さん、それヤバすぎるって」
慌てて止めようとする塚森に、小角は真剣な表情で首を横に振った。
「私は、お二人の仲間にしては頂いております。同時に、依頼人でもあります。もし、TWCがお二人に圧力をかけるなら、私が一番重い責任をとらないといけません」
たしかに、市宮がやったことだけでも、恵みの大地……ひいてはTWCが厳しく非難されるのは当たり前だ。




