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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第15話 小鬼の刺客 その六

 まるで風船の紐を掴むように、頭蓋骨型の悪霊が一匹、するすると彼女の手中に収まった。


 塚森が、手にした悪霊を花坂に近づけると、悪霊はしばらく彼を見つめてから首を横に振った。


「問題ないって。ご苦労様。地獄にいっていいよ」


 悪霊はすぐに消えた。


「これで、解剖しても差しつかえなさそう」


 塚森は、いつになく機嫌をよくした。()っくき小鬼に大義名分をかざして残虐な仕打ちができるからなのは、花坂からすれば明々白々だ。


「でも、解剖とは……どこからどう始めればよろしいのでしょう」

「まずは、紐を複数だして小鬼の手足を縛って下さい」


 花坂は、冷静に指示した。さらには、自分のスマホをだして録画を試みる。動画画面には床しか写ってないが、一応最後まで撮影するつもりだ。


「はい」


 それはすぐにすんだ。


「じゃあ、それらとは別に、刃物にした紐をだして、軽く腹を縦に裂いてみて下さい」

「はい……ええっと、こうですか?」


 花坂はメスのような形を期待していたが、実際には洋剣だか日本刀だか判別しがたい代物が現れた。


「やりすぎです。カッターナイフくらいなものを想像して下さい」

「ご、ごめんなさい」


 やり直すと、まあまあましな品になった。


「じゃあ、改めて。あんまり深くしなくていいですから。手応えを探りながら、微妙な変化を感じたら切り口を浅くする感じで」

「はい」


 むろん、麻酔など用意できるわけがない。あったとしても使うつもりもない。


「始めます」

「ギャアーッ!」


 小鬼は、腹から血を吹きだしながらもがいた。手足がびくともしないので、頭を左右に振るくらいが関の山だ。


「小鬼でも人なみに痛がるね」


 興味津々(きょうみしんしん)で、塚森は『執刀』を観察している。


 小角の手なみには、何の乱れもない。安全なのが明らかなこともあるだろうし、一度重要なことと割りきったら、自分の感情は切りはなしておけるのだろう。


「内臓などがでてくるのでしょうか?」

「もう少し腹を左右に広げてみましょう。紐を追加して」

「わかりました」


 グチュッと音がして、小鬼の腹の中身が露出された。


『ピッカピカ~どこもかしこもピッカピカ~』


 そこに人間のような内臓はなく、墨一色の闇しかない。ただ、下手くそな鼻歌が、闇からあふれてきた。若い男が歌っているようだ。節回しは、花坂が知るどんな歌とも関係なかった。適当なことを口ずさんでいるだけのようだ。


『おいっ、ここの白さは輝度が足らん。ごまかすな! 俺の両目はコンピューターなみだ!』


 鼻歌が終わったかと思ったら、誰かを威圧しながら叱りつけるのが聞こえてきた。花坂でなくとも、まともな想像力があれば、あの異様な書き置きを居間に残した人間とかかわりがあると考えられるだろう。


『恵みの大地、衛生十訓!


 一つ、隅々まで輝かせろ!


 一つ、病原体と有害物質は区別しろ!


 一つ、手足を動かせ!


 一つ、屋外生物を敵に回せ!


 一つ、常に見られている意識を持て!


 一つ、マスク・手袋を友としろ!


 一つ、換気は時間を守れ!


 一つ、地下・屋根裏を無視するな!


 一つ、自己管理の徹底!


 一つ、靴底を甘く見るな!


 以上!』


 合成の誤謬(ごびゅう)という言葉がある。一つ一つは正しくとも、合体させると失敗するという意味だ。


 小鬼を解剖するのも、衛生十訓とやらも、それ自体はまっとうだ。けれども、腹を裂かれた小鬼の腹からどろどろと湧いてくる言葉の羅列(られつ)は、花坂に清潔感などこれっぽっちも感じさせなかった。その逆だった。


「食事中でなくてよかった」


 塚森が、端的に花坂の気持ちを代弁するコメントを述べた。小角も似たような心情なのは、歪んだ口元からすぐに察せられた。


「小鬼の飼い主って、恵みの大地で、衛生にかかわる業務をこなしているみたいですね」


 花坂からすれば、不快感は実務で(ぬぐ)いさるにかぎる。


「ほぼ間違いないね。となると、目標はきまったも同然だよ」


 塚森の口調からは、小鬼の飼い主まで生体解剖しかねないほどの怒りがもれていた。


「死にました」


 小角が、淡々と事実を伝えた。


 小鬼は、手足をだらんと伸ばして口から舌をはみださせたまま、白目をむいている。結局、一滴の血も流さないままだった。


 と、すぐにブクブクと小鬼の身体は泡だち、溶けながら消えていった。


「掃除の手間が省けました。ただ、小鬼から飼い主を直にたどるのは、やはり不可能でしょう」


 花坂とて、小鬼に同情する気はない。


「私、思いついたのですけど……悪霊さんを、ボディーガードみたいにするんじゃなくて、こう、センサーみたいになってくださったら用心になるのではありませんか?」


 小角の提案に、花坂は光るものを感じた。


「それ、面白いです。悪霊同士で見張らせあえば完璧ですよ」

「つまり、一匹一匹がバラバラに配置につくんじゃないってことね」


 塚森も、こうなると飲みこみが早い。


 悪霊に部外者を監視させるのではなく、悪霊が部外者に干渉されたかどうかを互いに監視させる。逆転の発想だ。


「これなら、もう今回のような要領は使えないでしょう?」

「そうだね。もちろん、こんなことは一回で十分だけど」


 塚森も、小角の有能さが紐や解剖だけにとどまらないことに改めて気づいたようだ。


「それにしても、解剖なるものを生まれて初めて行いました。何事も経験ですね。とても楽しかったです」


 にこやかにしめくくった小角の顔には、チリ一つついてない。しかし、花坂は何故か血まみれな様子で微笑む彼女を想像してしまった。塚森は無表情を保っている。


 どのみち小鬼の飼い主は、その一回のために解剖よりもさらに恐ろしい目に会うだろう。塚森の怒りは花坂にも痛いほど伝わった。


 彼自身、小鬼にだしぬかれて腹をたてている。それに、市宮とはまた異なる意味で事務所を汚したのも許しがたい。


 ただ、塚森のような、本能に直結した感情ではない。小角のような、嫌悪感が中心を占めるものでもない。


 自分達をここまで攻撃してくる連中の根幹をまず知りたい。精神的な意味だけでなく、肉体的にも。だから小鬼の解剖をもちかけた。たとえ小鬼が単なる人間だったとしても、花坂は平然と麻酔なしの生体解剖を勧めただろう。それが、市宮から続く一連の事件に影響されたからなのかは、本人にも分からなかった。


「先生、お願いします」


 花坂が促した。事務所の悪霊は、塚森の命令しか聞かない。


「うん」


 塚森の返事とともに、事務所は一瞬にして悪霊の結界に包まれた。いうまでもなく、一同の目論見を満たす形で。


「皆さん、情報を共有したいです。食堂で席について頂けますか?」


 ひとまず安全が確保されたので、花坂は一番重要な実務を進めたくなった。塚森にも小角にも異存はない。


 小角と塚森は、居間を背にする場所にならんで座り、花坂は二人のまむかいに座った。こうなると、花坂が彼女らに事業計画でも説明しているていに思えてくる。


 花坂は、淀みなく自分が調べた内容を口頭で伝えた。ネットでのリンク先もまた全員のスマホに登録された。


 塚森からは、小角の使う部屋が二階にある宴会場になったと宣言があった。先代……塚森の伯父……が、檀家を招いた法要のあとで精進落としに使っていたものだ。布団も予備がある。花坂は、最初から使っている自室……居間の隣にある和室を使う。


 問題は、小角の私物だった。本人の自宅へ取りに帰るのは、どう考えても危険すぎる。多少の不便は承知の上で、使えるものは塚森から借りることと、それでも必要なものがあればネット通販を使うこととなった。ただ、プライバシーの問題もあるので、経費は事務所が払うものの、手続きから受けとりまでの一連は小角自身が処理する。


 そこまで話を進めてから、小鬼の飼い主をどうするかが主題となった。


「恵みの大地で、清掃か衛生を担当している人間をあたるのですね?」


 小角は妥当な判断を示した。


「はい。録画が参考になれば……」


 花坂は、ダメ元で撮影した小鬼の解剖動画を再生した。案の定、ただ床が写っているだけだ。花坂達の息づかいや身じろぎするときの音などは再生されているが、それまでにすぎない。


「やっぱりダメか」

「悪霊さんに助けて頂いてはいかがでしょう?」


 独り言のようにつぶやいた花坂に、小角は閃きを示した。


「悪霊に?」

「ひょっとしたら、私達には見えたり聞こえたりしないものがわかるかもしれません」

「いいね、それ」


 塚森もすかさず賛同した。

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