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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第1話 ポンコツ所長 その一

 薄暗い洗面所の鏡に、花坂(はなさか)の仏頂面が映っている。


 都内の公立大学に現役合格してまだ三か月。どうにか新しい環境にも少しずつなじんできた……はずの彼は、焼けこげて縮れた髪を持てあましている。せめて先端だけでもと、両手でどうにか()でつけようとしていた。


 大学はたまたま休みだが、一日で直るような状態ではない。理容店にいって、大幅にカットするか……。


「花坂く~ん」


 ドアが細かく何度もノックされ、花坂は小さくため息をついた。子猫の鳴き声めいた、甘ったるい謝罪が彼の歯を食いしばらせる。いわゆる幼女風のアニメ声とでもいうのか、聞く人間が聞けば、目の色かえて録音するかもしれない。花坂にはそんな趣味はなかった。


 あくまで彼は、塚森生活相談所における、助手兼住みこみ働きという名の居候に近い立場にすぎない。


 生活相談所は、報酬に応じて、日曜大工からオカルト(がら)みの拝み屋までなんでもこなす。ノックの主はこの家の主であり、彼の雇い主、つまり所長でもあった。自宅がそのまま事務所を兼ねている。そして、彼の髪が台なしになったのは、雇い主のせいだった。


「花坂く~ん。ごめんってば~」


 忌々しいのは髪だけではない。さっきから、ずっと中腰だ。二メートルに達しようかという身長に、高校以来欠かさないボディビル。大学でも、まさに一頭ぬきんでた存在だ。その彼が、鏡が自分よりはるかに背の低い位置にあるため、わざわざ膝を曲げねばならなかった。


 おまけに、鏡だけはやたらと大きい。姿見というほどではないが、彼の胴体くらいはある。本来の所有者は女性で、さっきからやたらに謝ってきている人間だ。


 身長二メートル近い、筋肉モリモリの男が、鏡の前で中腰になって顔をしかめている。はたからみると、滑稽(こっけい)とも不審ともつかない。いや、そのくらいの客観視は彼にもできる。


「許してよ~。いっしょに朝ごはん食べよ~」


 その朝ごはんを炭化させ、彼の髪をもチリチリにしたのは彼女である。


「ちゃんと消火器まで持ってきたのよ~」

「わかりましたから。もう少し待ってください」


 こういうとき、舌打ちすればいいのか無視すればいいのか。結局、どっちも選べなかった。塚森には悪意のあの字もないし、収入源と家をもたらしてくれてもいる。税金とでも思うほかない。それやこれやから苛だちをどうにか抑え、花坂はドアごしに頼んだ。


 鏡には、彼のほか、壁や天井をスクリーン代わりに現れたり消えたりしている数十個の二次元頭蓋骨が映っている。


 花坂には、それらが見えはする。最初は驚きもすれば怖がりもしたが、慣れとは恐ろしい。所長の方が、ある意味でもっと恐ろしいので、どうでも良くなっている。


「早くしてね~ん。あたしお腹ぺこぺこ~」


 今は、髪を諦めるしかない。膝を伸ばし、ひとまたぎでドアを開けた。


「あっ、やっと開けてくれた!」

「たいして時間はかかってないですよ」


 そう応じつつ、花坂は相手の頭のてっぺんを見おろした。もちろん、髪は焦げてない。その代わり、右手に持つ消火器が間抜けな印象を与えた。


「まだ食材、なにか……ぶわっはっはっはっ!」


 消火器を持ったまま、花坂の相手は顔をあげた。花坂より四十センチ近く背が低いので、どうしてもはるか下から見あげる形になる。そして、筋骨たくましい花坂の無残な髪型を目のあたりにして、爆笑した。


 なだらかななで肩も、触れれば折れそうなくびれ腰も、きちんと切りそろえた短い髪も、かなり大きな胸も、彼女……塚森所長の気持ちを強調する小道具となっている。花坂より八歳年長なのに、やっていることはまるで逆だ。


「食材はもうないです」


 律儀にも、まず消火器を床に置いてから笑い転げる塚森に、花坂はにこりともせず事実を告げた。とたんに彼女の笑いは収まった。


「え……?」

たくわえが尽きました。まだスーパーは開いてません」

「どうしてちゃんと確認しなかったのよ」


 立ちあがりながら、塚森は口をとがらせた。


「しました。しかし先生から予算を預かっていません」


 花坂は、自分と塚森の生活全般の……だけではないが……面倒を見るかわりに、あらゆる経費を彼女から得ていた。


 塚森は、生活相談所などという事務所を経営しているくせに、自分の身の回りはろくすっぽ把握も整頓(せいとん)もできない。経費も現金払いでしか解決できない。ネット通帳はさっぱり理解できず、現実の銀行は面倒がり、そのくせ金庫には札束がいつもぎっしりつまっていた。


 花坂は塚森から給料をもらっているので、一時的に立てかえることも可能ではある。だが、彼は気が進まなかった。一回でもそれをやると、塚森は金庫の金を花坂に好きなように使わせかねない。そうなると、遅かれ早かれ、自分の金と他人のそれとの区別がつかなくなる。花坂がもっとも嫌い、恐れている事態だった。


「いえばだしたのに」

「ここ三日ほど、声がかけられる状態ではなかったので……」


 花坂は事実を打ちあけた。


「あー、そうだね。忘れてた。ごめんごめおおおぉぉぉ! あああぁぁぁ!」

「先生、喉から怨霊が生えてます」


 (わめ)いているのは塚森ではなく、大人の握り拳くらいな人間の頭骸骨だ。頭蓋骨には頸骨がつながっていて、花坂の指摘どおり、塚森の喉から二十センチほど飛びでている。見るからに毒々しい、黒紫色の薄い光を全体から放っていた。事務所に出没するのは、大半がこのスタイルだ。


 このたぐいは、必ずしも喉だけからでてくるのではない。衣服からもあり得る。


 塚森は、最初から当たり前に見たり触ったりできる。花坂は、ここにくるまで、そうではなかった。逆にいうと、花坂でさえ、悪霊が可視化できるようになってしまった。それがここ……塚森生活相談所の特徴。


 第三者にも当てはまるかどうかは、はっきりしない。わざわざ試す気にもなれない。


「えいっ」

「うごげっ」


 すらっとした形のいい右手で、塚森は頭蓋骨を頸骨ごと引きぬいた。たいして根の張ってない雑草をむしるような様子だった。頭蓋骨は、塚森が自分の目の前まで掲げた右手で、宙吊りになっている。頸骨をくねくねさせているが、どうにもならなかった。


「うーん、いまいちな悲鳴だったね」


 いいおえたかと思うと、塚森は、火種もないのに頭蓋骨に火をつけた。


 念じるだけで、たいていの品や生き物を燃やしたり溶かしたりできるのが、彼女の力だ。


 花坂には、そんな力はない。ただ、初めてここに来たときのいきさつは、忘れようとしても忘れられない。


 数か月前。


 履歴書を持参して面接を受けに来た彼は、塚森直々に応接室へ案内された。椅子に座ってから、茶を出してもらったのは良いとして、湯飲みの表面に親指サイズの頭蓋骨が現れた。塚森も花坂の様子からそれと知り、ここに来て最初から『見える』人間は珍しい、どうせ自分以外には無害だし、こういうのが平気ならどうぞとにこやかに述べたものである。


 気まずい……と、感じたのは自分だけのように思えてならないが……沈黙が十数秒流れた。いかにもとってつけたように、塚森は茶を勧めた。頭蓋骨はまだ消えてなかった。


 家庭の事情で、差し迫った財源と住居を速やかに求めている花坂は、塚森の機嫌を損ねたくなかった。何しろ、上京した直後に実家が詐欺にあって破産したのだから。入学金と授業料が振りこまれたあとなのが、まだしもの幸いだった。塚森相談所そのものは、大学のバイト案内で掲示があった。


 ともかく、彼は平気なふりをして茶を飲んだ。一口で、ぬるい出がらしと判別できた。


『あれっ、ぬるいっていうか、冷たくなりかかってるね。ごめんごめん』


 自分の茶を飲んでようやく、塚森は軽く謝った。


『せめて、熱ければ良かったんだけど。肌寒いし』


 そういえば、応接室は寒かった。花坂は、多少の寒さくらい平気だが、塚森は厚着していた。


『リモコンどこいったのかわかんなくなっちゃって。採用になったら、お給料はちゃんと出せるからね』


 花坂は、思わず湯飲みを落とした。腹を立てたのではない。あまりにも急に熱くなったからだ。しかも、湯飲みから頭蓋骨が空中に抜けでた。塚森が、頭蓋骨に目を合わせた瞬間、理科の水素燃焼実験さながらにぽんと音を立てて燃えつきた。

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