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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

心配しすぎなのは、君のほう。

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第6弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、オルガの関係を描いています。

※本編の時間軸は「夢中にさせるのは、君のほう。」直後の話です。

前作未読でもお読みいただけます。



 田舎の村から、王都の騎士になった幼馴染に会いに来たはいい。


 しかし。


 彼に乗せられて「お嫁さんになる」と承諾してしまったオルガは、相手のノインのところで現在同居中。


 まだ結婚はしていないが、結婚生活のために二人で色々と練習中……なのだけど。


 貴族令嬢クララの来訪でノインに「香りが移っていてなんかいや」みたいなニュアンスのことを言われ……一緒に風呂に入るとか、なんとか。


 いや、なぜ?


***


 ぐぬ、と(うめ)き、オルガは自分の足をもじもじさせてから顔を上げた。


「あっち向いてて!」

「…………」


 呆れてる!


「こっ、これはこれで、恥ずかしいんだって!」

「…………」

「今さらって顔しないでよノイン!」


 家の奥にある狭い浴室でオルガは顔を赤くして「うう」と声をもらす。


「暗いのに?」

「そっ! ノインは目がいいじゃない!」


 ノインが寝室で「全部見えてます」みたいな動きをしているのをオルガは知っている。


(ランプ一個なのになんで見えてるみたいな顔するの!)


「仕事柄、夜間の市街も巡回するからです」

「知ってるよ!?」


 そんなの知ってる。


 知ってるけど!


 ちら、とオルガは浴槽へ視線を向ける。


 薪の爆ぜる音がして、ビクッと体を震わせた。


(どう見ても狭いし!)


 ノインは嘆息して、くるりと背を向ける。


「これでいいですか?」

「…………」


 室内を照らすランプの灯りがゆらりと揺れた。


 き、緊張する。


(でも、ノインをぬるいお風呂に入れなくて済むし……)


 いつもオルガが先に入り、残った湯をノインが使う。

 石張りの小さな浴槽を薪の火であたためるため、ノインが使う頃はほぼ水に近い状態に戻っている。


(わざわざお風呂のついてる家を借りてるんだから、ノインは綺麗好きだろうし)


 くそー!


 オルガは頭をぶんぶんと横に振り、勢いよくワンピースを脱いだ。

 肌着だけになると、ふいにノインがなにか手に持っているのが目に入る。


(? なにをまじまじと見て……)


 あ。


「わー! 持ってきたの!?」

「……危ない」


 奪おうとしたが、逆にノインにすぐに抱き留められる。


「滑りやすいんですから、落ち着いて」

「それ持ってきたの!?」

「…………」


 ノインが手に持っている香油の瓶を見遣る。


「はい。髪を洗ったあとにこれを使うんですよね」

「そんな高価なもの!」


 持ってきたクララに押し切られて置いていかれたものだが、返す予定だったのだ。


 ひょい、とノインが瓶を持っている手をあげた。長身のノインがやると、オルガにはまったく届かない位置になる。


「ノイン!」

「いいじゃないですか。石鹸も置いていったのでは?」

「あれも上等なやつだから!」

「じゃあ君に使います」

「!?」


 ん???


「君はいつも倹約してるんですから、これくらいはいいと思います」

「そっ、そんなの当たり前だよ! ノインのお金なんだから!」


 届かない!


 爪先立ちになって腕を伸ばすものの、やはり無理だ。


(なんでこんなにでっかくなったの!? 前は私よりちっちゃかったのに!)


「俺の金は君のものですよ」

「なに言ってるの!?」


 ノインは騎士団に所属している。だがその所属は、下級貴族や平民が多い王都防衛騎士団だ。


(私がいるから一ヵ月、金貨一枚は確実にかかると思うし!)


 それなのに、平気でベーコンを一塊買ったり、菓子を買ってきたりするので冷や冷やしているのだ。


 最初こそ他人事として捉えていたが、ここで暮らして……そして、場合によってはここに残ることも考えると無駄使いはできない。


(ノインは薄給なんだから、私がなんとかしないと)


 それに。


(これを返せなくなったら、ノインとのこと話さなきゃいけないのに……!)


 なに話せばいいの!?


「ノイン……! 返して!」

「………………」


 ふぅ、とノインが息を吐いた。


「わかりました。では、今度俺が買ってきます」

「なっ、ダメだよ!」

「どうして」

「どっ、だ、だって香油も石鹸も、いいものは高いよ」


 なんで変なところで金銭感覚がおかしくなるの!?


「……なにをそんなに悩むんですか」

「だ、だって、それを返さないと、ノインのこと話すことになる、し」

「…………」


 オルガが顔を伏せたのを見て、ノインが小さく笑う。


「べつにいいですよ」

「いやいや、ノインとご飯食べてるとか、ありきたりな話しかできないし」


 さすがに夜の生活とか、言えるわけがない。そもそもあれは、練習、だ。


「なにか特別なものが必要なんですか?」

「そ、そう? かな?」

「…………オルガの、特別、というのは具体的になんですか?」


 えっ?


 そう言われて、オルガは顔をあげる。


 なんだろう……とくべつ、って。


「え、っと……騎士と、お姫様のお話とか」

「よく読み聞かせてもらって、君が気に入っていた話ですね」


 そうだ。それで、騎士の男性に憧れたのだ。

 だけど村の中で暮らすから、そんな夢みたいなものは物語としてしか、憧れはしなかった。


 それなのに。


 目の前にいるノインは、背も伸びて、かっこよくて、…………じっと、見てくる。


「俺は実際に、話のモデルにされる近衛騎士団の連中を見かけることはありますが」


 ふ、とノインが笑う。


「俺のほうが、いいと思いませんか?」

「………………………………」


 カーっと全身が熱くなった。


 オルガは引き下がり、「もういい」と小さく呟く。


「そ、それ、使うなら、使っていいから」

「いいんですか」

「うん。もういい」


 もういい。


「ノイン、あっち向いて」

「はい」


 素直に背を向けられ、ぎりぎりと歯軋りしてしまう。


 肌着を感情のままに脱いで棚にかけるなり、頭を抱えた。


(うわああああああ! ノイン、これでモテないわけないじゃない!)


 ふうん、かっこいいからそりゃあモテるよね。――そんな風に思っていた時もありました。


 急いで布を(つか)み、体を洗う。そしてそろそろと浴槽に入った。さっさとしないと、湯がどんどん冷めてしまう!


 石で温められた湯はやさしい心地がして、一瞬「きもちいいなあ」と微笑んでしまった。それどころじゃないのに!


(うっ。えっと)


 ばっと両手で顔を覆う。


「どうぞ!」

「もういいんですか」

「早く! お湯が冷めちゃうから!」

「なんで顔を隠すんですか」

「い、いいの! あ、あと、向き合うのは、ちょっと」

「足がぶつかるからですか?」

「顔見てると落ち着かないからだよ!」

「……………………」


 落ち着かない。どうしたんだろう。

 自分の焦り具合が、よくわからない。


 折り曲げている足に力を入れる。


「オルガ」

「っ!」


 びくっと反応するが、両手はおろさない。


「後ろから入りますよ。大丈夫ですか?」

「大丈夫!」


 ぜんぜん大丈夫じゃないけど本当は!


 ノインが入ってくる気配がする。ああ、近い近い近い!


(そりゃそうだよ! 一人用じゃない、ここ!)


 今さらながら、なんで承諾してしまったのか。


「……そんなに緊張しますか」


 ちっか!


(声ちかい!)


「ではそのままで。お湯をかけますよ」


 え?


 ノインが湯を手ですくうと、オルガの髪にかける。

 そうっとお湯をかけてくるので余計に混乱してしまう。


 何度かお湯をかけてきて、髪に触れていく。


(ひいいいいいいいい!)


 恥ずかしい。


 と、ふいに背後でノインが困惑している気配がした。


「? どうしたの?」


 考え込んでいたらしいノインが、口を開いた。


「いえ、泡が」

「あわ?」

「石鹸って、泡が立つんですね」

「えっ!?」


 驚いてオルガは瞼を開き、振り向く。


 ノインが手に持つ石鹸は確かに少し泡立っている。


「ほんとだ……! うわぁ、いい石鹸なんだね」

「そうですね」

「あはは。私もノインも、高いの使わないもんね?

 これ、ハーブ? 花の香りかな。ノイン、匂いが強いの苦手なんでしょ? 大丈夫?」

「……いえ、苦手というか」


 ノインが持っている石鹸に視線を落とした。


「君の香りが好きなだけです」

「…………」


 なに言ってるんだこいつ。


「そっ、そ」


 言葉が続かない。


 ノインがそっと視線を上げてオルガを見た。瞬間、ばっとオルガは前を向く。


(おかしい! こんなに、なんか!)


 鼓動が早い。


 この間の、すごい早さとは違うけど、でも。


 腰あたりまでの湯に視線を落とす。


 ノインが指を差し入れ、優しく洗っていくのでオルガはぷるぷると震えた。


(なんなのその手つきは……!)


 余計に恥ずかしくなるんだけど……。


「あ、あー、そ、そうそう」


 気まずくて、思いっきり裏声で話題を切り出してしまう。


「一回のお話で、クララさん、家賃一年分とか言い出してて、すごくびっくりしたんだよね」

「…………」


 意識しない。意識しない!

 親切で洗ってくれてるだけ! そう!


「そんな大金、一回のお喋りくらいでもらえないよ」

「……」

「でもね、ノインにはもっとたくさん、しっかり食べて欲しいって思うんだ。

 騎士の仕事って、たくさん体力使うでしょ?

 街の巡回だけって言っても、暴れる人もいるし……危ないことをすることもあるし」


 街の人の仲裁に入ったり、きっとたくさん、やることはあるはず。


「貯めているので、買いたいものがあったら言ってください」


 ……またそういうこと言う。


「ノインのお給料って、銀貨6枚くらいでしょ? 私がここで一緒に暮らすと、お金かかっちゃうから」

「……そんなに心配しなくても、生活していけるくらいには貯金があります」


 静かなノインの声に、首をゆるく横に振ってみせた。


(贅沢な暮らしはしなくていいっていうか、ノインとなら、こうやって暮らしていくのも、いいかな……)


 うまく描けなかった未来を、ぼんやりと意識する。


「このへんに知り合いもいないし、もうちょっと慣れたら仕事探すね。

 少しは生活の足しにしたいもん。一緒に暮らしてるし」

「…………働かなくてもいいのに」


 ぼそりとなにか聞こえた気がするが、よく聞き取れなかった。


「ん? なんか言った?」

「……お金が必要な時は、俺に頼ってください。けっこうあると思うので」

「あはは。けっこう?」

「教会の預かり箱にあるんですけど、金貨百枚はあります」


 ……………………なんて?


「ひゃっ……!?」


 ひゃく、まい?


 目が飛び出そうだ。


「え……?」


 恐る恐る、背後を肩越しに、みる。


「え、なんて?」

「金貨百枚はありますと、言いました」


 …………聞き間違いじゃなかった……。


「ひゃ、ひゃ……ひゃくまい!? 金貨?」

「はい」


 はい!?


「村で土地買って、家建ててもおつりが出るんじゃない!?」

「家は二つ建てられると思います」


 平然と言ってる……!


「オルガ、目を閉じて。お湯で流しますから」

「……………………」


 なにやったらそんなに貯められるの……?


 こわくて、聞けない。


(銀貨って言い直して……お願い!)


 おかしい。べつの意味で緊張してきた……!


 ああ、彼との未来がまたぼやけてしまった。



 ぼんやりしていたら、ノインに体を拭かれて、肌着も着せてもらっていた……。


「ノイン、そこに座って」

「……?」


 寝室で、ベッドの上で膝をつき合わせた状態になる。


「どうしました?」

「あのね」


 決意して、まっすぐ見つめる。


 寝室はランプの頼りない灯りしかないのだが、今日は芯を減らしていない。


「私、ノインのお嫁さんになるって言ったよね」

「はい」

「もっとお喋りしようって言ったよね」

「はい」

「でも、今のノインのことあんまり知らない……」

「訊いてくれたら答えます」

「たくさん質問してもいい?」

「いいです」


 微笑むノインに、ほっとする。


 一方的にまくし立ててしまうので、遠慮してしまっていた。


「ノインの仕事のこととか、いっぱい訊くよ?」

「どうぞ」

「じゃあ、今日は」


 ごくりと喉を鳴らす。


「どうやって金貨百枚とか貯めたの……? まさかなにか危ない仕事してないよね!?」


 騎士の仕事だけでは、とてもではないが貯められない金額だ。


(副業とかしてないとおかしい……!)


 知っておくべきだ。


(だってお嫁さんになるって言ったし……なにがあっても、私はノインのこと受け止めてみせる!)


 危ないことしてたら止めてみせる!


 きょとんとしてから、ノインは視線を動かして考え込んだ。


(えええ、なにそれ!? やっぱり危ないこと……?)


「えっと、普段の騎士の仕事と、休日返上した分、と皆勤手当……夜番と、宿直……夜警手当、それから」

「まままま待って!? 休日返上!?」

「はい」


 なにしてんのこいつ!?


「特にすることがなくて、仕事をしてました」


 することがない?


「他は……貴族邸警備と、怪我などの欠員の代理出勤とか」

「わあああああ! 仕事しすぎだよ!」


 思わずノインの両肩に手を置いて、がくがくと揺すった。


「だ、大丈夫ですよ。今は休日には出てませんから」

「…………」


 どうしよう。思った以上にこの幼馴染、目を光らせてないとダメかも……。


(私がノインを見てないと……!)


 やっぱりちゃんと食べさせないといけない。


(料理のレパートリーを増やさなきゃ。ノインが先にやっちゃうからって甘えてたらダメだ。先回りされてない時にできないと意味ないし)


 困惑するノインに気づかず、オルガはやる気に満ちていた。


「私がノインを太らせてみせるから!」


*****


 後日。


「この間は悪かったよ」


 同じ小隊に所属のコニーが、ノインに声をかける。


 冷たい目のノインのほうへと、差し出されたそれ。


「これ、お詫びの品」

「いりません」

「許してくれって! それにきっと、喜ばれるからさ!」


 なあなあとぐいぐい寄ってこられ、ノインはじりじりと距離を取る。


「値段も手ごろ! 下級貴族令嬢にもいま人気になっているところの女性下着!」

「………………………………」


 サー、っと、ノインの周辺温度が一気に下がった。


「ほら、平民のキミは店に入れないだろ? これまで買ってきたやつで一番よろこば」


 最後まで言えなかった。


 午前の巡回に出ようとしていたノインは、剣帯を締める直前だった。


「…………」


 剣の柄にノインが手をそえ、じっとコニーを見る。


「…………え、と。抜かない、よね? さすがに」


 なあ? なんでなにも言わないんだよ…………?


ここまで読んでくださってありがとうございます。

日常の一場面を切り取った回でした。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたら嬉しいです。


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