第6話 最初のすれ違い
美咲が少し静かになったのは、いつからだっただろう。
はっきりしたきっかけがあったわけじゃない。
ただ、些細な違いが重なっていった。
「今日、誰と一緒だったの?」
夕方、ベンチに並んで座りながら、美咲が何気ない調子で聞いてくる。
「講義の後? ちょっとノート貸してただけだよ」
「……そっか」
それ以上、何も言わない。
でも、その返事が少しだけ遅れたのが分かった。
俺は気にしなかった。
本当に、それだけのことだったから。
嘘をついたわけでもない。
隠したわけでもない。
ただ、全部を細かく説明しなかっただけだ。
「ねえ」
少し歩いたところで、美咲が足を止める。
「私さ」
「うん?」
「……最近、他の女の子とも仲いいよね」
一瞬、胸の奥がひっかかる。
でも、慌てる理由はない。
「普通じゃない? 同じ学部だし」
実際、そうだと思っていた。
「遥とか、さ」
「ノートの子?」
「……うん」
美咲はそう言って、視線を落とす。
「別に、疑ってるわけじゃないんだけど」
その言葉が、逆に引っかかった。
疑っていない、とわざわざ言う時点で、
少しは不安になっているということだ。
俺は歩み寄るように、自然な声で言う。
「大丈夫だよ」
美咲を見る。
「美咲が彼女なんだから」
それは、紛れもない事実だった。
その一言で、美咲の表情が少しだけ緩む。
「……うん」
小さく頷く。
それを見て、俺は内心でほっとする。
――ちゃんと伝えれば、分かってもらえる。
そう思った。
だから、そのまま手を伸ばして、美咲の肩を抱く。
美咲は一瞬、身を固くしたけど、すぐに力を抜いた。
「ごめんね」
「なんで謝るの」
「なんとなく……」
曖昧な返事。
でも、これ以上掘り下げる必要はない気がした。
今は、落ち着いている。
それで十分だ。
帰り道、いつもより少しだけ会話が少ない。
でも、手は繋いだままだ。
それを見て、俺は思う。
――大丈夫だ。
恋人なら、こういう小さな不安はある。
でも、そのたびに話して、触れて、安心させればいい。
それが、付き合うってことだろ。
この時の俺は、まだ本気でそう信じていた。
この“安心させる”という行為が、
いつか別の意味を持つようになるなんて、
考えもしなかった。




