第5話 同じ言葉
付き合い始めてしばらく経った頃、俺は自分が少し浮かれているのを自覚していた。
理由は単純だ。
美咲が可愛い。
講義の後に合流して、一緒に歩く。
手を繋ぐことにも、だいぶ慣れてきた。
「ねえ、今日のレポートさ」
「うん?」
他愛ない話をしながら、自然と笑い合う。
その時間が、当たり前みたいに続いていく。
――悪くない。
むしろ、かなりいい。
そんなある日、講義室を出たところで、顔見知りの女子に声をかけられた。
「ねえ、ノート見せてもらってもいい?」
同じ学部の子だ。
名前は……確か、遥。
「いいよ」
何気なく答えて、ノートを差し出す。
「助かる。ほんと、ありがとう」
そう言って笑う顔を見て、俺は思った。
――あ、可愛い。
深い意味はない。
美咲の時と同じだ。
ただ、そう感じただけ。
「遥ってさ」
「なに?」
「普通に可愛いよね」
口に出した瞬間、遥は目を丸くした。
「え、急に?」
「思ったから」
それだけのつもりだった。
遥は一瞬きょとんとして、それから困ったように笑う。
「そういうこと、さらっと言うよね」
でも、その声はどこか嬉しそうだった。
ああ、やっぱり。
俺は心の中で、特に深く考えずに納得する。
可愛いと思ったことを言う。
それで相手が少し嬉しそうにする。
悪いことじゃない。
美咲に対して感じている「好き」と、
今のこの感覚は、ちゃんと違う。
そう、思っていた。
帰り道、美咲と合流する。
「遅かったね」
「ちょっとノート貸してただけ」
「そっか」
それだけで、疑われることもない。
美咲はいつも通り、俺の隣に並ぶ。
「今日も可愛いね」
そう言うと、美咲は相変わらず顔を赤くする。
「……それ、言いすぎ」
「本当のことだから」
俺は笑う。
遥に言った言葉と、
美咲に言った言葉。
言葉自体は、同じだった。
でも、俺の中では、ちゃんと区別できているつもりだった。
美咲は彼女。
遥はただの友達。
それだけの話だ。
この頃の俺は、まだ分かっていなかった。
同じ言葉は、
同じ温度で、
相手の心に届いてしまうということを。
そして一度覚えたこの距離感が、
簡単には手放せなくなるということを。




