第4話 恋人になった実感
付き合い始めたからといって、世界が劇的に変わるわけじゃなかった。
キャンパスはいつも通りで、授業も同じ。
ただ一つ違うのは、美咲の存在が「隣」にあることだ。
「おはよう」
「お、おはよう」
昨日までと同じ挨拶なのに、少しだけ声が柔らかい。
それだけで、胸の奥がくすぐったくなる。
並んで歩く距離も、ほんの少し近い。
肩が触れそうで触れない、その曖昧さが心地いい。
「今日の講義、出る?」
「うん。眠いけど」
そんな何気ない会話が、やけに楽しい。
昼休み、学食の列に並びながら、美咲がちらっと俺を見る。
「……まだ、実感ない」
「なにが?」
「その……付き合ってるって」
そう言って、小さく笑う。
照れているのが丸わかりだ。
「俺は、結構あるけど」
「え?」
「こうして並んでるのとか」
美咲は一瞬固まって、それから顔を赤くする。
「そういうの、急に言わないで」
「本当のことだから」
特別なことを言っているつもりはなかった。
ただ、思ったことをそのまま口にしているだけだ。
午後の講義中、隣に座る美咲がノートを取っている。
時々、俺の方をちらっと見る。
目が合うと、慌てて視線を逸らす。
その反応が可愛くて、つい口元が緩む。
――恋人って、こういう感じか。
放課後、キャンパスを出て少し歩く。
人通りの少ない道に差し掛かった時、美咲が立ち止まった。
「ねえ」
「ん?」
「……手、繋いでもいい?」
一瞬、頭が真っ白になる。
「いいに決まってるだろ」
そう答えると、美咲は恐る恐る手を伸ばしてくる。
指先が触れて、ゆっくり絡む。
温かい。
それだけで、ちゃんと「恋人になった」実感が湧いた。
「緊張するね」
「うん。でも、嫌じゃない」
美咲はそう言って、少し力を入れる。
俺は、その手を握り返した。
守らなきゃ、なんて大げさなことは思わない。
ただ、今はこの時間を大事にしたい。
彼女が笑っているのを見ていると、自然にそう思える。
この頃の俺は、まだ疑っていなかった。
自分の気持ちも、
この関係も、
この「好き」という感情も。
全部、まっすぐだと信じていた。




