第10話 積み重なるもの
それからの毎日は、特別な事件もなく過ぎていった。
美咲とは、普通に会って、普通に話して、普通に笑った。
周りから見れば、何の問題もないカップルだったと思う。
「今日、どこ行く?」
「んー、駅前でもいい?」
「いいよ」
そんなやり取りが続く。
授業、バイト、帰り道。
一緒にいる時間は、確かにあった。
でも、ふとした瞬間に、同じ場面が繰り返されていることに気づく。
「最近、忙しい?」
「ちょっとね」
「……そっか」
この会話も、もう何度目だろう。
美咲はそれ以上聞かない。
聞かないけど、納得したわけでもない。
ただ、飲み込んでいる。
そのたびに、俺は同じことをする。
抱きしめて、
好きだと言って、
一緒に夜を過ごす。
すると、美咲は落ち着く。
笑顔が戻って、声が柔らかくなる。
「……ありがとう」
そう言われると、俺は内心でほっとする。
――ほら、うまくいってる。
問題は、ちゃんと処理できている。
そう思っていた。
ある夜、ベッドの中で、美咲がぽつりと言った。
「ねえ、将来のことって、考えたりする?」
「するよ」
即答だった。
「卒業したらさ、どうなるんだろうね」
「まだ先だけど……一緒にいられたらいいよな」
深く考えた言葉じゃない。
でも、その時は本気だった。
美咲は少し驚いたように俺を見る。
「……ほんと?」
「ほんと」
それを聞いて、美咲は安心したように目を閉じる。
俺はその寝顔を見ながら、思う。
――ちゃんと向き合ってる。
言葉も、時間も、ちゃんと使っている。
これ以上、何が必要なんだろう。
朝になると、美咲は少し元気になる。
昨日までの不安が、なかったみたいに。
それを見て、俺は確信する。
不安は、一時的なものだ。
恋人なら、こうやって乗り越えていく。
そうやって、同じことを何度も繰り返す。
そのたびに、俺は「大丈夫だった」と思う。
でも、美咲の中には、
言葉にならない何かが、
少しずつ溜まっていっていた。
安心と一緒に、
違和感も、疑問も。
それが、いつか溢れるなんて、
この時の俺は、考えもしなかった。
俺はただ、前に進んでいるつもりだった。
何も壊していないと、
本気で信じていた。




