第45話 九能命
「そんなわけで、秋都のとこの部屋を貸して貰えるかしら?」
日曜の朝からスーツケースを持った命が押しかけてきた。
後ろには若干困った顔をした鈴音も着いてきている。
「いや、そんなわけってどんな理由だよ。まあ、とりあえず入ってくれ」
玄関先で話すわけにもいかないので二人を部屋に招き入れた。
「ふたりとも飲み物はコーヒーでいいか? インスタントしかないけど」
「あ、私が用意しますから、秋都さんは命ちゃんの話を聞いてあげてください」
そう言うと鈴音はキッチンへと向かった。
「それで? どうして部屋を貸せって話になったんだ?」
「貴方達が調査した夢ノ宮公会堂迷宮、その話が九能財閥の方にも来たのよ。主にダンジョン内のコンサートホールの利用方法とドロップアイテムの撮影機器ね」
「芸能関係は私の両親の紅条芸能企画がありますし、ダンジョン関連アイテム流通は九能財閥は最大手ですから、支部長さんに推薦してたのが功を奏したみたいです。あ、コーヒーどうぞ」
鈴音が三人分のコーヒーを並べて席に着いた。
「……ねえ、鈴音? さらっとコーヒーを用意して秋都の隣に座ってるけど、あなた馴染み過ぎじゃない?」
命がジトッとした目を鈴音に向ける。
「そうですか? まあ、ここのところ一緒に朝食食べたりしてましたからねぇ」
どこか得意げに鈴音はゆっくりとコーヒーを飲んでいる。
「うぐっ、なんだか出遅れた感が……ともかく、その夢ノ宮公会堂迷宮関連で私が交渉とかその他色々することにもなったのよ。それで、こっちで部屋を借りたいわけ、ほら、ここは鈴音もいるから安心だしね」
「九能財閥なら定宿とかもあるだろうに……まあ、鈴音もいるし部屋も空いてるから構わないぞ」
「さっすがは秋都、ありがとう。それじゃ、午後には荷物が届くからよろしく」
「なっ、最初っから入居する気まんまんかよ。とりあえず、荷物は下の店舗のとこに運んでもらってくれ。部屋には俺が運ぶよ」
「わかったわ、って、えっ、もしかしてスキルが使えたりする……の?」
「あれ? 鈴音から聞いてない? うちの一階にダンジョンの入り口が出来てさ、魔素濃度が上がったっぽくて少しスキルが使えるようになった。まあ、そのせいで魔力耐性のない人だと問題が出る可能性もあって良し悪しだよね」
下水道迷宮の入り口のマンホールを家の中に作ったことでこのマンションが多少魔力濃度が高くてもごまかせるようになったのは大きい。
もしそうでなかったらCランク探索者である命に部屋を貸すことは出来なかっただろう。
「まったく……、聞いてないわよ。秋都には驚かされるばっかりだわ。ま、そのうち驚かしてやるから楽しみにしてなさい」
俺は命の言う『そのうち』がすぐであったことを次の日に知ることになる。
◆ ◇ ◆
七月七日は七夕ではあるが、学校という環境においては別段変わった事があるわけでもない。
バレンタインデーばりに恋人関連イベントがあっても良いのではなかろうか。そんなくだらないことを考えつつ足が重くなる月曜日の学校へと向かう。
夢ノ宮公会堂迷宮の迷宮発生災害関連の非日常イベントが一段落し、やっと日常へと戻った気になりつつ教室へと入った。
「おはよう、西戸」
「お、久しぶりだな秋都、しかし災難だったな。学校の方も結構な数の取材が来てて大変だったぞ」
商業科が巻き込まれたのが判明していたため、特に二、三年生は取材が群がっていたらしい。
一週間ぶりの席に着く。後ろの席の月観さんは珍しくまだ来ていないみたいだ。
「秋都くん、おはよー、久しぶりだね」
「おはよう、遊佐。そっちも大変だったみたいだな」
前の方で他の生徒に囲まれていた真神と麻桜さんが珍しく席を立って俺の席の方に来た。
「『そっちも』って真神達も何かあったのか?」
「ああ、同じ奴らだよ。ただ、こっちは未遂で終わったけどな。それで、迷宮発生の時に迷宮核は見なかったか?」
少しトーンを落とした真神が真剣な声で訊いてくる。
奴らとはセイクリッドラビリンス教のことではあるが、外で話せる事ではない。やはり真神達も知っている側のようだ。
「コアは見てないな。発生時は地下一階にしか行ってないし、その後の調査では上に拡張されてたから上にあるのかも知れない。もっとも、五階のフロアボスがドラゴンで、その上はモンスターが強くて進めなかった」
六階以降は勇者ゴブリンに魔術師ゴブリン、僧侶ゴブリンとパーティを組んだコスプレゴブリン、いや、アクターゴブリンが連携を取って襲ってくる。探索者にとって連携を取ってくるモンスターなど悪夢でしかない。
「えっ、夢ノ宮公会堂でそんな強いランクのダンジョンになったのか?!」
「しっ、まだ公開されてないんだから大きな声を出すな。まあ、内緒な」
驚く西戸が大きな声を上げるのを慌てて抑える。
周りを見回すが教室内はざわついており、こちらを気にしている者はいない。
「悪い、ちょっと驚いてしまって……で、廊下にいるのは先生か?」
「だな、彩花、席に戻るぞ」
真神達が席に戻るのと同じくして廊下で話していた先生も中へと入ってきた。
「お前ら、静かにしろ! 夏休みが近いからって浮かれすぎじゃないか? だが、そんなお前らが浮かれる話がある。喜べ、転校生だ。よし、入ってこい」
「うぉーっ!」「よしっ!」
「ふーーーっ!!」
「なっ!」
一瞬の沈黙の後、歓声が上がった。
「九能学院から来ました、九能命です。父の仕事の関係での一時的な在籍となりますが、少なくとも今年度はこっちに居るのでよろしく」
「秋葉原探索者養成高校芸能科の紅条鈴音です。この度、こちらにも芸能科が新設されるとのことで転校してきました。すずりんと呼んでも良いんだよ」
現れたのは堂々とした態度の長い金髪をまとめた美少女にニッコリと笑う元気の良いショートボブな青髪のアイドル、最近良く見る二人組であった。




