第29話 恋梨紫苑
『恋梨紫苑、夢ノ宮探索者育成高等学校三年生。職業は【情報屋】。ダンマスゲームでは名前は出ていないものの、情報屋の存在は各所で匂わされていた。とマスターの知識にはあります』
名前もキャラ絵もないモブ役のはずで、俺が知ったのは金に困ってバイトを探していた時に偶々知り合った。
「偶々……?」
『どうしましたマスター?』
「いや、なんでもない。えーと、ここか」
先輩に呼び出されたのは視聴覚室だった。
―― コンコンコン、カリカリカリ、コンコンコン。
指示された通りに扉をノック、そして、引っ掻いて、ノック。
「やあ、遊佐君、いらっしゃい。待っていたよ」
カチリと鍵を開ける音がして視聴覚室の中へと招かれる。
「えーと、紫苑先輩、お久しぶりです」
視聴覚室内は複数のモニターの電源が入っており、部屋の正面の大きなモニターには学食の様子が映し出されていた。
「まあ、座り給え。あぁ、こぼさなければ昼食をとっても構わないよ」
「えぇ、ありがとうございます?」
とりあえずは購買部で買っておいたパンと牛乳を開ける。
モニター内の学食は勇者パーティ効果なのか、いつもよりも人が多いように思える。
「ふむ、何か色々と聞きたそうな顔をしているね、イベントが始まるまでもう少し掛かりそうだし、答えられるものには答えようじゃないか。ん、私のお昼ごはんかい? このゼリー飲料は新開発中の試作品でね、キュアゼリーが含まれていて眠気スッキリ七十二時間は働けるというものだよ。いやぁ、何でもキュアゼリーの安定供給の目処がついたとかで研究者は大喜び――」
「いや、先輩の昼ご飯が気になるわけではなく、そもそも、俺って先輩に名前言いましたっけ? それに、デバイスの連絡先は渡してませんよね?」
「ああ、そう言えばそうだったかな、遊佐秋都君、夢ノ宮探索者育成高等学校一年生で役職が【商人】にも関わらずここ一月の間にDランクまで駆け上がった話題の新人――」
伝えていない、また、知る者は少ないはずのDランク情報までも開示し、そして、紫苑先輩は優雅に立ち上がって一礼した。
「――改めて自己紹介といこう、夢ノ宮探索者育成高等学校三年、恋梨紫苑、役職は【情報屋】だ。私が扱うのは情報、つまり、君の情報もその一つということだよ。今日は君に依頼、というか、お願いがあって来てもらった」
「お願いですか……?」
「ああ、おっと、その話はちょっと後だな。どうやらイベントが始まりそうだ……すまない、デバイスの映像転送を開始してくれ」
先輩はデバイスで誰かへの指示を出すと部屋の正面の巨大モニターの映像を切り替えた。同時に音声も流れる。
「――黒瀬琉唯、お前を勇者パーティから追放する!」
丁度、勇者パーティのリーダーである玲音遥斗が黒瀬琉唯を追放するところだった。
「おお、何か起きるとは思っていたけど、パーティ追放とはなかなか」
「こうなるって分かってたんですか?」
「ダンジョンから帰ってきた時のパーティの態度や、ほら、君も知ってるだろうコア破壊によるパーティ崩壊の都市伝説。何か起きるとは睨んでいたんだよ」
―― ドゴッ!
何かが壊れる音がした。
「はぁっ?! 遥斗のくせに何で琉唯君を追放しようとしてるのよ! いいわよ、それなら私と琉唯君は抜けるわ。行こっ、琉唯君、今日からは私と二人よ」
「はあっ?! 姉さん、何でそうなる。おい、琉唯も待て、いや、お前は追放だが……」
呆然と立ち尽くす勇者の前には、勇者パーティの回復役、役職【聖女】が怒りに任せて叩き折った机が残されていた。
「おおぉっ、これはなかなか面白、いや、強烈な展開になりましたね」
モニターを見つめる紫苑先輩は楽しそうである。
『ダンマスゲーム』におけるルート分岐イベント、二周目以降ではここで遥斗主人公の【勇者】ルートと琉唯主人公の【魔王】ルートに分岐することができる。
また、この追放イベント自体もファンには人気であり、聖女ちゃん駆け落ちイベント等とも呼ばれている。
まさか、生でメインイベントを見れるとは思わなかった。いや、生ではなくてどちらかと言えば覗き見ではあるが。
『マスター、スチル回収を行いますか? 既にSNSでは大量の写真が拡散されているようです』
いや、別にそこまでして回収するものでもないからやめといてもらおう。
「勇者パーティは勇者と聖女の双子と幼馴染の黒瀬による三人が軸となるパーティだったからな、一応、今の他のメンバーも居るとはいえ、これは解散コースか。奇しくも都市伝説が立証されたな」
先輩は満足気にモニターから目を離して振り向いた。
「都市伝説凄いですねぇ。で、先輩のお願いってのは結局何なんですか?」
追放イベントを一緒に見るために呼ばれたわけではないので本題に入ってもらう。
「ああ、これだな」
そう言って先輩は一枚のチラシを取り出した。
―― ナンバーワン地下アイドル決定戦。地上を照らす星となれ
「……なんですか、これ?」
「再来週末に夢ノ宮公会堂で開かれる地下アイドルの合同ライブのチラシだね。実はこのイベントにウチの商業科も協賛してるんだ。それで、そのイベントに君も前日から行って欲しい」
「前日からってことは設営のバイトですか? あ、鈴音も参加するのか」
出場アイドルの中に紅条鈴音の名前があった。
どおりでまた月末になどと意味深な事を言っていたのか。
「おや、知り合いが居るなら丁度よい。というか、君も手が早いね」
「いや、手が早いって……ちょっとした知り合いなだけですよ。で、何をすることになるんです?」
「知り合いが居るなら丁度よいな。前日から入れる関係者用のパスを渡すから、会場に居てくれるだけで良いよ」
「えぇっ、なんですかそれ。居てくれるだけで良いって、何があるんですか? 普通に設営のバイトとかって言われた方が良いんですけど」
つい先日もテロに巻き込まれたばかりである。
「何も無ければそれで良し。いや、何か起きるって確証があるわけじゃないんだが、君が居たほうが良い気がするんだ……」
先輩自身にもわからない虫の知らせとやらだが、知り合いが居るとなっては断るわけにもいかず関係者用パスを受け取った。




