第1話 闇バイトと情報屋
夢ノ宮探索者育成高等学校、役職を発現しステータスを得られた十五歳以上の少年少女達が探索者となるために通う国立の高校だ。
その旧校舎の片隅、他に誰もいない教室で渡される十万円の入った封筒と赤い目出し帽。
「集合は封筒の中の紙に書いてある場所に夜の八時。それと、君の名前はレッド。他の人の名前は……まあ、見たらわかると思うよ」
そっけない態度で渡してきたのは長い紫髪の女の先輩だ。役職発現時に髪や瞳の色が変わる者も少なくないが、紫色はあまり見ない。
「これ、いわゆる闇バイトって奴ですか? 流石に犯罪は遠慮したいんですけど……」
仕送りまでの食費に困って情報通の先輩に相談した結果がこれだ。
封筒の中に確かに十枚の一万円札と場所を示した紙が入っていることを確認して目出し帽と一緒にボディバッグに押し込んだ。
「いやいや、別に犯罪じゃないから安心してくれ。それに、君は既に報酬を受け取った。つまり、これで『トレード』は完了で今から君は私の『顧客』だ」
黒い縁の眼鏡の奥で先輩の紫色の瞳が怪しく光った気がして身構える。
「おっと、そんなに警戒しないで欲しいな。これは私の情報屋の制約が発動しただけだ」
「制約ですか? 制約が俺にまで作用したと?」
制約は役職に伴う強制力だ。しかし、他人にまで影響する制約なんて聞いたことがない。
「私の情報屋の制約はちょっと特殊でね。制約:『取引について漏らすことはできない』。この制約によって顧客情報が守られるわけだ。つまり、仮にこれが闇バイトであっても私から君の情報が漏れることはないし、同じく君から私の情報が漏れることもない」
「ちょっ、先輩! やっぱり、闇バイトなんですか?!」
「もちろん違うさ。まあ、受けたがるやつがいないだけのバイトだからな。初心者レベルのダンジョンにパーティ組んで潜るだけの簡単なやつだ。それに、上手くいけば使った剣もそのまま貰えるから割はかなり良いぞ」
「剣が貰えるんですか! それならめっちゃ優良バイトじゃないですか。むしろ、なんで先輩が受けないで俺に斡旋なんてしてくれるんです?」
初心者レベルの迷宮に潜って十万円プラス剣。剣は初心者用でも数万円はする。探索者ライセンスをとったばかりの俺のような金欠ペーペーでは武器が手に入るだけでも儲けものである。
なお、探索者ライセンスにはランクがあり、最低のFランクではダンジョンへ入るにはEランク以上の探索者の同伴必須となり入れる機会自体が少ない。
当然のことながら迷宮に潜るのは命がけあるが、少なくともEランク以上の探索者と潜れて武器支給まであるこのバイトはメリットが大きすぎる気がしないでもない。
「あー、まあ、私は既にパーティを組んでるし、そもそも探索は副業で情報屋がメインだ。君はまだソロだろう? このバイトはソロの方が都合が良いんだよ、まあ、君以外はそこそこできる探索者だから安全にダンジョンに潜れるし良いことづくめだから気にしないでくれ」
若干バツが悪そうに頬を掻きながら帰っていく先輩を見送りながら今夜のバイトについて考える。
「場所は……うわっ、ウチのすぐ近くじゃないか――」
迷宮は四半世紀程前に世界各所で発見され、徐々にその数を増やしてきた。
迷宮内には銃火器の効かない魔物が溢れており、当初は劣勢を強いられていたが、まるでゲームのようなステータスにスキル、役職が発現したことにより、魔物を迷宮内に留めることには成功した。
しかし、迷宮発生による周辺地域の崩壊や迷宮氾濫による周辺被害は稀ではあるものの後を絶たなかった。
「――こんなところにダンジョンがあるなんて聞いてないぞ。ということは新発見か秘匿されていたわけかぁ」
迷宮の発生に関する明確な法則は判明していない。あえて言うならば既にある迷宮にそこそこ近い場所に発生することが多い。
また、迷宮は周囲の環境を模したように異界化とも言われる迷宮化現象によって発生し、その周辺地域の魔素濃度も上昇する。
そのため、迷宮を発見した場合は迷宮管理局への報告が義務付けられているのだ。
とはいえ、迷宮から産出される魔石やドロップアイテムは貴重な資源となっており、個人やクラン所有の迷宮も多い。
この迷宮もきっとそんなダンジョンの一つなんだろう。たぶん、おそらく、そうであって欲しい。というか俺は知らないし聞いてないから気にしないものとする。
「伏せられたダンジョンに、ソロが望ましいけどパーティを組む。剣も支給となるとバイトの内容は迷宮討伐か……都市伝説的な噂を除けばホワイトではないかも知れないがグレー止まりのバイトで済みそうなのは救いか」
迷宮討伐とは迷宮核を破壊することだが、それによって迷宮がなくなることは稀であるというのが迷宮管理局の見解である。
迷宮が討伐された場合、迷宮再構築と呼ばれる迷宮の構造改変が起こり、基本的には迷宮の階層が減る等の迷宮の弱体化が起きる。
迷宮の弱体化は単純にメリットとも言えるが、迷宮再構築によってドロップアイテムの種類やドロップ率が変化するため有益な産出物が取得できなくなることも多い。
また、迷宮討伐を繰り返すと殺意の高い罠だらけの迷宮になることも多く迷宮管理局では迷宮討伐は非推奨でもある。
それでも迷宮討伐が行われるのには理由がある。迷宮核を破壊した場合、壊した人以外のパーティメンバーがスキルを取得する場合があるのだ。
つまり、破壊役にメリットはないがパーティメンバーにはかなりのメリットがある。つまり、俺の受けたバイトは十中八九、迷宮核破壊だろう。
「迷宮討伐かぁ、まあ討伐パーティのほとんどが解散してるのは事実だしコア破壊役だけ雇うのは確かにありだよなぁ」
都市伝説や噂だけではなく、名の知れたパーティは迷宮討伐後に引退や解散をしている。場合によっては迷宮再構築後の探索で全滅や半壊等の事例も多かった。
そのため、ジンクスを気にするような探索者や上位パーティほど迷宮討伐を避けるようになっている。今では迷宮管理局の専門部隊のみが必要に応じて迷宮討伐に飛び回っているとも聞く。
「ソロだからパーティ解散とかは関係ないけど、これがダンジョンの呪いとかだったらやだなぁ。いや、しかし、呪うぐらいだったらパーティメンバーにスキルなんて与えはしないよな。んー、とすると嫌がらせ?」
迷宮討伐によるパーティ崩壊の都市伝説に思いを馳せながら探索用の防具を装備していく。
この時は迷宮討伐が俺にもたらす影響をまだ過小評価していた……。




