第四話 もう無理だってさ
――地獄の訓練から数日後。
全身ガタガタで動けなくなった僕は、アレックスに肩を貸されながら、ローズ騎士団の食堂へと向かっていた。
「惣彩、大丈夫か?」
「いや……心は死んでるけど、身体は……ギリ……生きてる……」
「団長の訓練にしては軽傷だ。新人としては優秀だよ」
「軽傷って言葉の使い方知ってる!? 僕いま内側全部痛いんだけど!」
アレックスは爽やかな笑顔を浮かべながら答えた。
「惣彩。団長は新人の伸びしろをよく見ている。あれでも“かなり優しい部類”なんだ」
「あれで!? あれで優しい!? じゃあ本気はどうなるの!?」
「……神話の再来になる」
「絶対本気出させちゃダメなやつじゃん!!」
アレックスは肩をすくめると、食堂の扉を押し開けた。
◆◆◆
中に入った瞬間――
「惣彩! アンタまた血流してんじゃないの!?」
怒声と同時に飛んできたのは――
鍋を片手にした、髪を後ろでまとめた筋肉質の女性だった。
アスノベル・レーン。
ローズ騎士団の“飯屋のオカン”であり、騎士団員の栄養と胃袋と精神を支える無敵の存在。
そして――
「アスノベルさん……腕……太くないですか……?」
「アンタの団長のせいで毎日腕っぷしが鍛えられてんのよ!!」
語尾に怒気を宿しながらも、表情はどこか母性的だ。
「ほら座りな。動くんじゃないよ」
言われるまま席につくと、目の前に湯気立つスープが置かれた。
「どうせ団長がまた無茶させたんだろ?」
「刺されました」
「刺されたのかい!?」
アスノベルの眉が跳ね上がった。
アレックスが横で苦笑する。
「アスノベルさん、今回のは魔力素子検査で……」
「検査で刺すなよ団長はぁ!! 脳みそ剣で出来てんのかあいつは!!」
「完全に同意です!!」
僕とアスノベルの声がハモった。
◆◆◆
「アスノベルさーん、スープ追加三つ――あ、惣彩さん!? 今日も血が出てますよ!?」
明るい声と共に駆け寄ってきたのは、栗色の髪を揺らす少女。
カノン。
飯屋アスノベルの手伝いをしている、優等生で優しい性格の少女だ。
しかし――
「惣彩さん……その……腕の筋、結構良い形してますね……」
「え?」
カノンは真っ赤になって視線をそらした。
「すみません……私、胸の大きい人とか筋肉を見てしまう癖があって……」
「急に癖の濃度高ッ!?」
アスノベルがカノンの頭を軽く小突いた。
「カノン、惣彩が混乱してるだろ。仕事戻りな!」
「は、はい! でも惣彩さん! 怪我したら呼んでくださいね!! 治療道具持ってきますから!!」
そう言い残して去っていったが、去り際に僕の胸をチラッと見ていた。
……これ、なんか危ない匂いのするヒロインだ。
◆◆◆
アスノベルが僕の前に肉入りスープを置きながら溜息をつく。
「惣彩。アンタまだ新人なんだから、死にそうになったらすぐ逃げなよ?」
「逃げたら団長が追ってきますよ!?」
「あいつは新入りの才能を見ると燃え上がるんだよ。悪い意味でね」
「才能……あるんですかね僕」
「アンタの“逃げスキル”は団長級でも認めるレベルだよ」
「認められたくなかったぁぁぁああ!!」
するとアレックスが真面目な顔になった。
「惣彩。笑い事ではなく、団長は本気で君を育てるつもりだ」
「え……でも僕、魔力ゼロで――」
「だからだ」
アレックスは僕の目をまっすぐ見た。
「魔力ゼロで団長の訓練を生き延びた新人は……歴代でもほとんどいない」
「言い方が怖い!」
「どうせなら誇れよ。君は生存力の塊だ」
「その称号いらなぁぁぁあ!!」
◆◆◆
アスノベルが椅子に腰を下ろすと、トーンを落として言った。
「惣彩。アンタ、まだ知らないだろうけど……
ローズ騎士団は“ただの騎士団”じゃないんだよ」
「はい?」
アレックスが続きを引き取る。
「俺たちは“魔災”――突発的に発生する異界の怪物を討伐する専門部隊だ」
「えっ……危険度は?」
「世界で一番高い」
「やっぱり地獄ぅぅぅうう!!」
アスノベルが静かに言う。
「団長の狂気はね……あれは、部下を死なせないためなんだよ」
「死なせないために刺すんですか!?」
「刺されて死ぬやつは……魔災討伐じゃもっと早く死ぬ」
「いや重い重い重い!!」
アレックスは淡々と続けた。
「惣彩。君がここに来たのは偶然じゃない。異世界外来者の君には……もしかしたら特別な役目があるかもしれない」
「役目……?」
「だから団長は君を試している」
「試す方法が暴力なんですけど!?」
「団長は言葉より行動派なんだ」
「行動が物騒なんだよぉぉぉ!!」
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◆ 安心できそうでできない“救いの言葉”
アレックスはスープを飲み終えて立ち上がった。
「惣彩。安心しろ」
「……本当に?」
「君には俺がついている。団長がどれほど狂っていようと……
俺ができる限りフォローする」
おお……なんか初めて味方らしい味方が……
「アレックスさん……!」
「まあ、団長に比べたら俺は常識人だからな」
「ほんとそれ! あなたは騎士団の光ですよ!」
アレックスは微笑んだ。
「ただし――」
「いや“ただし”!?」
「次の任務は、団長の護衛だ」
「うわあああああああああああああああああ!?」
「団長の近くにいる時間が増えるから……心の準備だけしておいてくれ」
「準備でどうにかなるぅ!?」
アスノベルは豪快に肩を叩く。
「まあ、生きて帰ってきな惣彩。死んだらアンタの分の飯、無駄になるからさ」
「死ぬ前提で話すのやめてぇぇぇえええ!!」
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こうして惣彩の本当の地獄が始まる
訓練では死にかけ。
団長は狂気の化身。
次の任務は“魔災討伐”。それも団長の護衛つき。
さらに食堂では――
「惣彩さん……筋肉……良い……」
カノンが物陰からこちらを見ていた。
なんかそれはそれで別ジャンルの恐怖なんだけど!?
――こうして、惣彩の異世界生活は
地獄に片足どころか両足を突っ込んだ状態で進んでいくのだった。




