第三十一話 グレイブ
王城の地下は、夜よりも暗かった。
松明の火が揺れるたび、石壁に歪んだ影が伸びる。
その影の中を、僕たちは歩いていた。
テレッサ、アリシア王女、アレックス、そして僕。
誰も喋らない。
音は足音と、鎧の擦れる音だけ。
――ここに来るまで、王女は何も言わなかった。
ただ「行くべき場所がある」とだけ。
◆◆◆
「この先です」
アリシアが立ち止まる。
古い鉄扉。
王城の設計図にも載っていない区画。
テレッサが眉をひそめた。
「……ここは?」
「父――国王が、決して近づくなと言った場所です」
その言い方に、確信があった。
アリシアは、扉に手をかける。
迷いはない。
◆◆◆
扉の向こうは、研究室だった。
いや――正確には、“実験場”。
壁一面に刻まれた魔術式。
床には乾いた血の跡。
壊れた拘束具、割れた水晶。
吐き気がした。
「……なんだよ、ここ……」
アレックスの声が震える。
テレッサは一瞬で理解した顔だった。
「王が……これを?」
アリシアは頷く。
「ええ。鍵を生み出すための場所です」
心臓が跳ねた。
◆◆◆
奥に、資料棚があった。
古い記録。
王の筆跡。
テレッサが一枚、読み上げる。
「《鍵とは、選ばれし才能ではない。
人為的に条件を満たした人間に宿る》」
背中が冷たくなる。
「続きがあるわ」
テレッサの声が低くなる。
「《条件:極限の恐怖、喪失、罪悪感。
心が壊れかけた瞬間、魔力は異常変質を起こす》」
――嘘だろ。
僕は、理解してしまった。
「……だから」
声が、かすれた。
「だから王は、鍵の噂を流したんだ」
人を追い詰めるために。
命を賭けさせるために。
壊れる瞬間を、作るために。
◆◆◆
「惣彩」
アリシアが、静かに言う。
「あなたに“何もなかった”のは、偶然ではありません」
僕を見る目は、まっすぐだった。
「父は、あなたが壊れると信じていた」
アベルの死。
追われる恐怖。
囮として使われる絶望。
――全部、条件。
「でも、あなたは壊れなかった」
胸が、苦しくなる。
「……壊れる前に、誰かが死んだから」
アベルが。
代わりに。
アリシアは、目を伏せた。
「……はい」
◆◆◆
アレックスが、歯を食いしばる。
「じゃあよ……グレイブは?」
「失敗作、よ」
テレッサが答えた。
「鍵を作る過程で生まれた存在。
壊れきった人間を、魔力で固定したもの」
グレイブの無機質な声が、脳裏に蘇る。
候補者。
失格。
探索。
「……だから、あいつは“選別”する」
人を。
壊れるか、壊れないか。
◆◆◆
「父は、グレイブを制御できると思っていました」
アリシアの声が、少し高くなる。
――戦闘を見る時と、同じ。
「ですが、制御できていない。
だから今、王都は狙われている」
テレッサが即座に判断する。
「次は、ここね」
王城。
「……ああ」
低い声が、背後からした。
全員が振り向く。
闇の中から、現れた影。
黒い甲冑。
冷たい光の眼。
グレイブ。
「情報開示、完了を確認」
空気が、凍る。
「王の欺瞞、理解。
だが、任務に変更なし」
視線が、僕を――通り越す。
アレックスへ。
「次の条件保持者、確認」
心臓が止まりそうになる。
◆◆◆
「待て!」
僕は、前に出た。
「アベルの時と同じだろ!
壊れるまで、追い込む気か!」
「肯定」
即答。
「人は、失えば失うほど鍵に近づく」
アリシアの声が、鋭く跳ね上がる。
「――ここは通しません!」
指示の速度が一気に上がる。
「テレッサ、迎撃!
アレックス、後退!
惣彩さん、風で空間を乱して!」
「了解!」
身体が、自然に動いた。
恐怖はある。
でも、逃げない。
アベルの背中が、ここにある。
◆◆◆
風が渦を巻く。
テレッサが一瞬で距離を詰める。
剣と黒刃がぶつかり、火花が散った。
「……成長したわね、惣彩」
テレッサが笑う。
「鍵がなくても、戦えてる」
「……守りたいだけです!」
グレイブの動きが、わずかに鈍る。
「解析不能。
鍵非保持者による抵抗、想定外」
初めてだ。
グレイブの声に、揺らぎが混じった。
◆◆◆
戦いは、まだ終わらない。
でも、確かに変わった。
――選ばれなかった僕が、流れを止めている。
王が仕組んだ嘘は、暴かれた。
次は、終わらせる番だ。
アベルの死を、条件にさせないために。
僕は、風を強くした。




