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無能の烙印者〜異世界でなんやかんだ生きています〜  作者: 肯定羽田


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第三話 地獄のタイパ訓練

 ローズ騎士団の訓練場――そこは、もはや“訓練”という言葉で片づけていい場所じゃなかった。


「よし、惣彩。地獄訓練を始めるぞ」


 アベルはさらりと()()と言った。

 こんな朗らかに地獄開幕を宣言する騎士団長、聞いたことない。 


「え、いや、その……もう投げナイフで死にかけたんですけど!?」


「だが死ななかった。なら次の段階だ」


「なんで攻撃的(アグレッシブ)な思考なの団長!?」


 アベルは魔剣を腰に戻し、代わりに鉄の棒を二本持ってきた。

 いや、棒じゃない。棒というより“杭”だ。


「まずは基礎だ。これは《魔力素子》の反応を見るための器具だ」


「器具? いや、杭では?」


「お前の体に“魔力の通り道”があるか確認する」


「ちょっと待ってくださいね? 通り道って、刺したりしませんよね?」


「通すだけだ」


「刺すって言いましたね!?」


 そのとき、横から助け船が入った。


「団長、それ普通に危険なので……新人死んじゃいます」


 声をかけてきたのはアレックス・シューム。

 惣彩の数少ない“味方側の人間”であり、この異世界で最初にできた友人だ。


「アレックスおおおおお助けてくれぇぇぇえ!!」


「大丈夫か惣彩。団長の訓練は……あれだ、慣れが必要だ」


「慣れたらどうにかなる系じゃないでしょ!?」


 アベルは二人のやり取りを遮るように歩み寄った。


「安心しろ。刺すのは片方だけだ」


「片方!? しかも確定!?」


「うるさい。惣彩、そこに立て」


「命令の流れが強引すぎるでしょーーー!!」


 アレックスは苦笑しつつも肩に軽く手を置いた。


「惣彩。覚悟しろ。……これでも団長は手加減してる方なんだ」


「手加減……?」


「前は団長が新人を殴り少し記憶障害が出る程度だった」


「アベル団長、正式に暴力装置ですよ!?」


 団員たちも遠巻きに震えていた。


「おい……新人が……また死ぬ……」


「葬儀の準備いるかな……?」


「やめて!? 縁起でもないから!!」


 震える僕を前に、アベルは淡々と杭の先端に赤黒い魔力をまとわせた。


「では惣彩。魔力の有無を調べる。動くな」


「いやいや無理無理無理無理――」


 その瞬間。


 ――ドンッ!


 地面が軽く揺れた。

 アベルの足元から黒い魔力の衝撃波が走り、空気がビリビリ震える。


 ……やばい。

 これ、本当に死ぬかもしれないやつだ。


「惣彩。覚悟を決めろ」


「覚悟って言えばなんでも許されると思ってません!?」


「では行く」


 ――ぐさっ。


「ぎゃああああああああああああ!?」


 腕に鋭い痛み。

 刺された、完全に刺された。


 だが――


「……死んでない?」


「当たり前だ。致命は避けた」


「避けたって言った今!?」


 アベルは刺した杭をそのまま保持し、惣彩の体に流れる“魔力の反応”を読むように目を細めた。


「……ふむ。やはり魔力は多少はあるが使い物にならないな」


「刺して確認する必要あった!?」


「雑な鑑定ではわからん。お前は“異世界外来者”だ。基準が違う」


「だからって刺す!? ねえ刺す!?」


「刺した」


「認めるなああああああああ!!」


 アレックスが苦笑いしながら説明してくれた。


「惣彩。団長は君が魔力が少ないことに怒ってるんじゃない。

 むしろ冷静に事実を把握しただけだよ」


「怒ってるより怖いんだけど!?」


「安心しろ。団長は合理主義者だ」


「合理で杭刺す!?」


「刺す」


「くっそぉぉぉおおお団長ぉぉぉぉ!!」


 アベルは杭を抜き取り、血を軽く拭って放り投げた。


「次だ」


「次!?」


「基礎反応がないのなら、身体能力を底上げする」


 アベルは指を鳴らした。


 どこからともなく、木製の球体が大量に転がってきた。


 大きさはリンゴほど。

 数は……たぶん百個くらい?


「惣彩。今から“これ”を全て避けろ」


「いやいや無理でしょ!? 物量がおかしい!」


「違うな。()()()()()()()()のだ」


「脅し文句のレベルが高い!」


 アベルが手を上げた瞬間――


 木球が浮いた。


 それも自然にではなく、まるで誰かが糸で操っているような動きで。


「団長……これはまさか……《多弾誘導》?」


「手加減の範囲だ」


「今の会話で分かった。団長は人間じゃない」


 アベルは無表情で惣彩を指さした。


「開始」


「うわああああああああああああッ!?」


 百個の木球が殺意を持って襲いかかってくる。

 避ける。跳ぶ。転がる。叫ぶ。死ぬ。死ぬ!


「当たれば折れるぞ」


「もっとビビらせてくるううううう!!」


 団員たちは震えながら見守る。


「新人……頑張れ……!」


「三分耐えたら天才だ……!」


 アベルは冷酷そのものの目で僕の動きを観察していた。


「……へぇ。お前、やはり頭が回るな」


「い、今それどころじゃないんですけど!?」


 惣彩の動きが少しずつ変わり始める。


 ただ無我夢中で逃げるだけだったのが――


 球の“軌道の癖”を読み、予測して避けるようになった。


「なるほど。反応ではなく“見て”避けているのか」


「見えてしまうんですよ死へのレールがああああ!!」


 三分。


 五分。


 球が地面に落ちる。


「……ふむ。合格だ。平均よりはるかに良い」


「平均ってなに!? 過去の犠牲者!?」


「訓練生と言え」


「いや、犠牲者でしょ!? 絶対言い間違えてないでしょ今!?」


 アベルは剣を背負い直し、惣彩を見下ろして言った。


「惣彩。これから魔災討伐に向かう」


「うん……うん……あの、団長」


「なんだ」


「この流れで魔災って……普通に死ぬ気がするんだけど……」


「安心しろ」


 アベルは静かに、しかし確実に告げた。


「死ぬかどうかは……お前の動き次第だ」


「だから安心できるわけないでしょおおおおお!!」


 こうして惣彩の“第二の死地”が決定された。


 訓練は地獄。


 団長は冷酷。


 団員は震えている。


 そんな組織に入った僕の未来って……

 もしかして、本当に地獄のさらに下なんじゃないだろうか。

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