第二十八話 静寂
王都ミレアの中枢区画は、外周とはまるで別の街のようだった。
石畳は磨かれ、建物はどれも装飾過多なほどに豪奢で、衛兵の鎧には曇り一つない。
だが――その整いすぎた風景が、逆に不気味だった。
「……静かすぎませんか」
僕の呟きに、テレッサが小さく鼻で笑う。
「ええ。だから危ない」
アリシア王女は馬車の窓から外を見つめていた。
表情は穏やかだが、指先が微かに震えている。
彼女は、気づいている。
先ほどの襲撃が「偶然」ではないことを。
◆◆◆
到着したのは、ラノル王国評議院。
王城とは別に設けられた、政治のための建物だ。
白い柱が林立する大広間に、各派閥の代表者たちが揃っている。
笑顔。挨拶。形式的な言葉。
すべてが、作り物だった。
「ようこそ、アストランティアの王女殿下」
中央に立つ男が、芝居がかった一礼をする。
ラノル宰相、ヴァルディス。
表向きは穏健派。だが――
僕は、彼の目を見て、背筋が冷えた。
あの目は、何も信じていない人間の目だ。
「歓迎に感謝します」
アリシアは、完璧な微笑で応じる。
「ですが、本日は王都で不穏な事件がありました。
まずは、その説明を」
「事件?」
宰相は、驚いたように眉を上げる。
「何のことでしょう」
嘘だ。
その場にいる全員が、嘘だと分かっている。
それでも、誰も声を上げない。
◆◆◆
会議は、噛み合わなかった。
言葉は丁寧で、論点はずらされ、責任は曖昧にされる。
そして――核心に触れない。
「……ねえ、惣彩」
小声で、テレッサが囁く。
「ここにいる連中、全員グルだと思っていい」
「……やっぱりですか」
「ええ。少なくとも、襲撃を“知っていた”」
アリシアは、会話を聞きながらも、表情一つ変えない。
だが、彼女の声が、ふと鋭くなった。
「宰相殿」
「はい」
「一つ、確認させてください」
大広間が、静まる。
「本日、王都外縁の警備兵力が削減されていた理由を」
宰相は、一瞬だけ言葉に詰まった。
ほんの、一瞬。
「……財政上の問題です」
「なるほど」
アリシアは頷く。
そして、続けた。
「では、その削減を提案した人物の名を」
空気が、凍る。
宰相の喉が、小さく鳴った。
「……それは、機密事項でして」
「そうですか」
アリシアは、ゆっくりと息を吐いた。
「では、本日の会談はここまでにしましょう」
ざわめき。
「殿下、それは――」
「これ以上、虚偽の上に友好を築くことはできません」
その言葉は、王女のものだった。
だが、その眼は、完全に戦場のものだった。
◆◆◆
評議院を出た直後だった。
テレッサが、即座に剣に手を掛ける。
「……囲まれてる」
周囲の建物の影。
屋根の上。
路地の奥。
視線が、無数に突き刺さる。
「騎士団じゃないわね」
彼女は呟く。
「動きが、統一されすぎてる」
その瞬間。
「惣彩さん!」
アリシアの声。
反射的に、僕は彼女の前に出た。
――遅かった。
空間が、歪む。
現れたのは、黒衣の集団。
顔は覆われ、声もない。
「……来たか」
テレッサが、低く唸る。
「ラノルの“影”」
◆◆◆
戦闘は、一瞬で始まった。
音もなく迫る刃。
僕は、風を纏う。
「《疾風展開》!」
防御のための魔法。
だが、完全ではない。
一撃が、肩を掠める。
「……っ!」
血が滲む。
それでも、倒れられない。
背後には、アリシアがいる。
「惣彩さん、左!」
「了解!」
彼女の指示は、正確だった。
視えないはずの敵の動きを、まるで先読みしている。
テレッサは、文字通り“踊って”いた。
一歩ごとに敵が倒れ、血が床を濡らす。
だが――
「……キリがない」
彼女が舌打ちする。
「狙いは、王女ね」
その言葉に、僕の胸が締めつけられる。
――まただ。
また、守るべき人が狙われている。
アベルの顔が、脳裏をよぎる。
守れなかった。
だから――
「……今回は、違う」
僕は、前に出た。
風を、限界まで集める。
身体が、悲鳴を上げる。
「惣彩さん、無茶を――」
「大丈夫です」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「僕が、道を作ります」
◆◆◆
――風が、爆ぜた。
一直線の突風が、敵陣を切り裂く。
完全な撃破じゃない。
でも、隙はできた。
「今です!」
テレッサが、即座に動く。
アリシアは、怯むことなく前を見据えていた。
その背中を見て、僕は思う。
この人は、逃げない。
だから――
僕も、逃げない。
戦いは、まだ始まったばかりだった。




