表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能の烙印者〜異世界でなんやかんだ生きています〜  作者: 肯定羽田


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/26

第二十五話 世界

世界は、僕を待たない


 アベル・ハーランドの亡骸は、その場から動かせなかった。


 理由は単純だった。

 敵が完全に撤退したわけではなく、王都のあちこちでまだ小競り合いが続いていたからだ。


 でも――

 それ以上に。


 僕自身が、動けなかった。


 地面に膝をついたまま、ただアベルの身体を見つめていた。

 もう血は止まっている。止まってしまった、という方が正しい。


「……」


 名前を呼ぶことすら、できなかった。


 風が吹いた。

 瓦礫の隙間を抜けて、冷たい空気が頬を撫でる。


 その風は、さっきまで僕が操っていたものと同じはずなのに、

 今はまるで他人のものみたいに感じられた。


「惣彩」


 声をかけられて、ようやく顔を上げる。


 テレッサだった。


 鎧は血と埃で汚れ、肩には浅くない裂傷がある。

 それでも彼女は、真っ直ぐ立っていた。


「……ここを離れるわ」


 命令ではなかった。

 判断の共有だ。


「グレイヴは撤いた。でも、完全に諦めたとは思えない。

 ここに長く留まるのは危険」


「……うん」


 返事をした自分の声が、ひどく遠く聞こえた。


 テレッサは一瞬、アベルの亡骸に視線を落とし、静かに目を伏せる。


「……立派だった」


 それだけ言って、何も付け足さなかった。


 それが、彼女なりの弔いなのだと分かった。


 僕は、アベルの斧を拾い上げた。

 重い。両手で持って、ようやく安定する。


 この重さを、あの人は片手で振り回していた。


「……預かるね」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からないまま、そう呟いた。


 その時だった。


「――惣彩」


 今度は、別の声。


 振り向くと、瓦礫の向こうからハッシュと数名の騎士が現れた。

 全員、疲労困憊といった様子だ。


「王都の被害は……想像以上だ。

 でも、最悪の事態は免れた」


「……アリシア王女は?」


「無事だ。馬車も守りきった」


 その報告に、胸の奥で小さく何かがほどけた。


 守るべきものは、守れた。

 代償は――あまりにも大きかったけれど。


「……惣彩」


 ハッシュが、言いづらそうに口を開く。


「これから、どうする?」


 どうする。


 その言葉が、胸に刺さった。


 正直に言えば、何も考えたくなかった。

 眠って、起きて、全部が夢だったと思いたかった。


 でも。


 アベルは、最後に何と言った?


 ――生きろ。


 ――前へ進め。


 僕は、ゆっくりと息を吸う。


「……王都を離れる」


 全員の視線が、僕に集まった。


「ここにいたら、また狙われる。

 グレイヴは、次はもっと確実に来る」


「鍵はもう……」


「分かってる」


 僕は、はっきりと言った。


「僕にはもう、鍵なんてない。

 才能も、特別な力もない」


 それでも。


「それでも――

 あいつは、僕の周りの誰かを狙う」


 アベルの死が、それを証明していた。


「だったら、僕が動くしかない」


 テレッサが、少しだけ目を細める。


「……どこへ?」


「ラノル王国」


 外遊の目的地。

 そして、まだ果たされていない約束。


「アリシア王女の護衛任務は、終わってない。

 途中で投げ出すのは……アベルらしくない」


 一瞬の沈黙。


 それを破ったのは、馬車の方から聞こえた声だった。


「……そうですね」


 アリシア・ユーベル。


 彼女は馬車から降り、静かにこちらへ歩いてきた。

 いつもの上品な所作だが、その瞳には強い光が宿っている。


「私は、前へ進みます」


 声は落ち着いている。

 戦闘時の高いトーンではない。


「アベルの死を、無駄にはしません。

 それが、王女としての務めです」


 僕は、彼女を見た。


 そして、初めて理解した。


 この人もまた――

 多くを失いながら、立ち続けているのだと。


「……分かりました」


 テレッサが一歩前に出る。


「私が、副団長として指揮を引き継ぎます。

 この先、迷うことは許されない」


 副団長。


 その言葉の重みが、場の空気を引き締めた。


 アノルの死。

 アベルの死。


 その上に、今の騎士団は立っている。


 僕は、斧を背負い直す。


 重い。でも、落とさない。


「……行こう」


 声は震えていなかった。


「ここから先は、逃げ道がない。

 でも――」


 一歩、前に出る。


「僕は、生きる。

 アベルがくれたものを、無駄にしない」


 風が、背中を押した。


 優しくも、容赦ない風だった。


 世界は、僕を待たない。


 だから僕は――

 歩き続けるしかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ