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無能の烙印者〜異世界でなんやかんだ生きています〜  作者: 肯定羽田


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第二十四話 葛藤

 血の匂いが、やけに現実的だった。


 鉄と土と魔力が混じった戦場の中で、僕はただ立ち尽くしていた。

 視線の先――瓦礫の隙間に横たわる男の身体から、赤が静かに広がっていく。


 アベル・ハーランド。


 さっきまで、僕の隣で斧を担いでいた人だ。


「……アベル……?」


 名前を呼んでも、返事はない。

 胸が上下しているかどうか、それすら一瞬わからなかった。


 僕は膝から崩れ落ち、彼のそばへ這い寄る。


「嘘だろ……さっきまで、立って……」


 言葉が続かない。

 喉の奥で、何かが詰まっている。


 アベルの胸部には、はっきりと“穴”が空いていた。

 グレイブの黒い槍が貫いた場所だ。


 鎧は砕け、肉は裂け、内側が――見えてはいけないものが、見えてしまっている。


 それでも。


 それでも僕は、まだ現実を受け入れられずにいた。


「……なあ、アベル。

 ほら、立てよ……いつもみたいにさ……」


 無意識に、彼の肩を揺らす。


 その瞬間、アベルの指が、わずかに動いた。


「……っ!」


 息が止まった。


「アベル!? 生きてるのか!? なあ!!」


 震える声で叫ぶと、彼の喉が小さく鳴った。


 かすれた呼吸音。

 確かに、生命の音だった。


 僕は一気に希望にすがりついた。


「大丈夫だ! 今……今すぐ治療を……!」


「……やめろ……」


 掠れた声。

 それは、はっきりとアベルの声だった。


 僕は凍りつく。


「……喋るな……! 体力を……!」


「……分かってる」


 アベルは、苦しそうに笑った。


 その笑みが、あまりにも穏やかで――

 逆に、嫌な予感が胸を締めつける。


「……惣彩。

 俺の身体……もう、ダメだ」


「そんなこと――」


「胸を貫かれてる。

 内臓も……たぶん、ほとんど……」


 言葉の合間に、血が溢れる。


 それを見た瞬間、僕の中で何かが崩れた。


「……嫌だ……」


 声が、子供みたいに震えた。


「死ぬなよ……

 団長だろ……?

 僕を、置いてくなよ……」


 アベルは、少しだけ目を細める。


「……俺な。

 怖いんだ」


 その告白は、あまりに静かだった。


「死ぬのが……じゃねえ。

 お前を、一人にするのが」


 僕は、何も言えなかった。


「……お前さ。

 鍵だの、才能だの……

 ずっと振り回されてきたよな」


 アベルの指が、僕の袖を掴む。


 力は弱い。

 それでも、確かに“掴んで”いる。


「でもな……

 俺は……お前を、守るって決めてた」


 視界が、滲む。


「……だから……

 これでいい」


「よくない……!!」


 叫んだ瞬間、喉が裂けそうになった。


「こんなの……

 何も終わってない……!」


「……終わるさ」


 アベルは、空を見上げる。


 もう、そこに敵はいない。


「……惣彩。

 お前は……生きろ」


 胸の上下が、浅くなる。


「俺の代わりに……

 歩け……」


 その言葉を最後に――

 アベルの指から、力が抜けた。


 呼吸音が、止まる。


「……アベル?」


 返事はない。


 胸に耳を当てる。

 心臓の音は――もう、聞こえなかった。


 完全な沈黙。


 死。


 誰がどう見ても、

 もう、取り返しがつかない終わりだった。


 僕は、その場に崩れ落ちた。


 泣き声すら、出なかった。


 ただ、理解した。


 アベル・ハーランドは――

 最後まで自分の意思で立ち、守り、死んだ。


 鍵でもなく、王命でもなく。


 ただ一人の人間として。


 その事実が、胸に焼き付いた。


 そして同時に――

 僕の中で、何かが静かに、確実に変わった。


 もう、戻れない。


 もう、逃げられない。


 アベルが渡したものは、命だけじゃない。


 生き方だった。


 僕は、立ち上がった。


 涙は、後で流せばいい。


 今は――

 前に進む。


 彼が、そうしてほしかったように。

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