第二十二話 轟音
王都襲撃 ― “破砕槌”の咆哮と、僕の足
王都に戻ったその日の夜、街はいつもよりざわついていた。
理由はわかる。
僕たちの新任務――王女アリシアの外遊護衛――その準備のためだ。
けれど、胸の奥に重い影があった。
アノル副団長を失ったこと。
僕の無力さ。
そして……アベル団長の“何かを隠している眼”。
(僕は……何者なんだよ)
考えても答えは出ない。ただ、訓練は続けていた。
風魔法はようやく“実戦で使えるレベル”に形を成しはじめている。
ハッシュが笑って言ってくれた。
「惣彩、おまえ……もう“ただの足手まとい”じゃなくなってるぞ」
嬉しかった。でも同時に怖かった。
――そして、その夜だった。
ドォンッ!!
遠くの石畳が揺れ、家々の窓が割れる音が響いた。
「な……何だ今の……!」
僕が外へ飛び出すより早く、黒煙が王都の中央街区を包み込んだ。
ただの火災じゃない。あれは――
「魔災だ! 魔災発生!!」
騎士が町中を駆けて叫ぶ。
その声を追うように、耳を裂く“低い咆哮”が空気を震わせた。
ゴォオオオオッ!
……いや、違う。
あれは魔物の声じゃない。
もっと重い、もっと人間に近い。
「いやぁーっとぉ遅かったなァ……騎士どもよぉ……」
その声は煙の奥から現れた。
背丈は二メートルを越え、鉄塊を二つ縛り合わせたような“巨大な槌”を肩に担いだ男。
全身が岩のように固い皮膚に覆われ、目だけがぎらぎらと赤く光っている。
王都を荒らし、国境線を落とした盗賊団――
その中でも名を聞くだけで騎士が怯える最強戦力。
騎士の一人が震え声でつぶやく。
「バルド……ッ! 国境砦を壊滅させた……あの……!」
バルドが歯を剥き出して笑った。
「今日はなァ……“鍵”を釣るために、王都をぶっ壊すってよ。
魚がいれば、黒幕が喜ぶらしい」
鍵。
まただ……またその言葉。
けど――僕には何もないはずだ。
アベル団長は「ただのデマだ」と言った。罠だと。
(でも……狙われてるのは、僕なんだよな)
その瞬間、胸の奥に冷たいものが広がった。
「騎士団は隊列を組め! 王都守備隊を呼べ!」
声を張り上げたのは、すでに戦場へ駆けつけていたテレッサと副官たちだ。
だが、バルドはゆっくりと、しかし“ひと足で十メートル”という異常な速度で前進してくる。
「団長はまだなのか!?」
「アベル団長は西区で別戦闘中! こっちへ向かわせてるが――」
そのとき。
地面が浮いたように感じた。
「どけ」
風ではない。圧。
大気を押しのけて、ひとりの男が現れた。
アベル。
白銀の外套が黒煙の中でもはっきり見えた。
表情は無だ。怒りも焦りもない。
いつもの通り。
「破砕槌か。手間をかける」
「ハッ! “団長”ってのはどいつもこいつも気に食わねえ……ぶっ潰す!」
バルドが巨大槌を振り上げる。
石畳が砕け、地面が沈み込む。
アベルは……微動だにしなかった。
「惣彩。おまえは離れろ」
「……っ!」
それだけで僕の足が震えた。
戦場に立つ覚悟なんて、まだ僕には足りていない。
でも――
逃げたら。
誰かが死ぬ。
アノルさんの死を、僕はまだ受け止めきれていない。
けれど、あのとき思った。
(僕は……弱くても、立たないと)
「団長! 僕も……戦います。少しでも、何かできるなら」
「……勝手にしろ。ただし死ぬな」
アベルの返事は、そっけなくて――
けど、それは“許可”だった。
胸が熱くなる。
「ハッシュ! 周囲の避難誘導を!
僕は……“風”、使えるだけ使って前線を援護する!」
「了解! 惣彩、死ぬなよ!」
声が震えている。
でも、それでも走る足は前に進んでいた。
巨槌が振り下ろされ、轟音が街路を裂いた。
アベルは指一本動かさず、ただ槍を軽く“横に振る”。
キィンッ――!
衝撃が世界を揺らす。
巨槌が真っ二つに割れていた。
「は……?」
バルドは一瞬理解できなかったようだ。
「団長の前で武器を振るうとは。勇敢か、無知か」
「調子乗んじゃねええぇぇぇ!!」
怒号とともに拳が唸る。
空気が破裂し、衝撃波の暴風が王都の大通りをえぐる。
僕は魔力を込め、風壁を張って必死に耐えた。
(強すぎる……二人とも……!)
「おいおいおい、何で俺が買い出しに行ってる間に王都の中心が戦場になってんだよ!!」
汚い袋を肩にぶら下げたまま、アレックスが乱入してきた。
「遅い! アレックスさん、手を貸してください!」
「貸すに決まってんだろッ!!」
アレックスが抜いた大剣は、王都の灯火を反射して銀光を放つ。
その剣速は風と同じくらい速い。
「惣彩、てめぇは逃げるな! “立つ”って決めたんだろ!」
胸に強く刺さる。
「……はい!」
僕は風魔法を両手に溜め、アベルとアレックス、二人の背中を追いかけるように走った。
バルドは血を吐き、しかし笑った。
「ハハァ……やっと……やっと本気出せるってわけかよォ!」
皮膚が剥がれ、岩のような身体が赤く光りはじめる。
まるで溶岩の獣。
体が膨張し、筋肉が悲鳴を上げる。
「まずい! 全員退避――!」
アベルが槍を構える。
「……惣彩、後退しろ」
「僕は――!」
「死ぬぞ」
アベルの声は、感情がないのに……怖かった。
僕は前に踏み出した。
誰に褒められるわけでもない。
僕は強くもない。
才能なんて一つもない。
それでも。
(僕は……逃げないって決めたんだ!)
「風よ――僕の足を押せぇぇッ!!」
魔力を解放し、一気に跳躍。
アベルの背後から、バルドの死角へ風刃を飛ばす。
わずかでも、アベルの負担を減らすために。
バルドが腕を振りかぶる。
世界が揺れるほどの一撃。
その瞬間。
アベルがわずかに目を細め、
「終わりだ」
一閃。
赤い光が弾け、バルドの身体が崩れ落ちた。
王都の夜が静まり返った。




