第二十一話 業火
燃えさかる王都南区に、アベルさんを先頭に僕たちは駆けた。
石畳には瓦礫が散乱し、炎の熱が容赦なく肌を焦がす。
悲鳴、怒号、金属音。それら全てが混じり合い、世界が戦場そのものに変わっていた。
「惣彩、ついて来い! 遅れるなよ!」
「はい!!」
アベルさんは重装備にも関わらず、疾風のような速度で街路を駆け抜ける。
その背中が頼もしすぎて、僕は胸が熱くなった。
だけど――
ここから先にあるのは、“地獄”だった。
大通りに出た瞬間、視界に飛び込んできた黒い影。
赤爪の戦闘兵が十数名。
その中央に、頭一つ分抜けた巨躯が立っていた。
岩石のような筋肉、樽のように太い腕。
肩には粉々になった城壁の破片を担ぎ、顔は傷跡だらけ。
両腕には、巨大な鉄塊のハンマーを二本。
身長は……二メートル半はある。
――まさに怪物。
「アイツが……《破砕槌》……!」
テレッサの声が、熱にかき消されそうになった。
その男は、僕たちに気づくと、ぎしりと首を傾けた。
目は獣のように濁り、口から荒い呼吸を漏らしながら。
「ォォォォ……王国騎士……殺ス……」
低い声なのに、空気が震えるほど重い。
「惣彩、ハッシュ。ここから先は俺とテレッサが前に立つ。絶対に離れるな」
アベルさんの剣が、蒼い光を帯びる。
その姿は、まるで炎に立ち向かう蒼い獅子のようだった。
「テレッサ……いけるか?」
「もちろん。あんな図体……斬り甲斐すらない」
テレッサが淡々と言った瞬間、破砕槌が突進した。
地面を割るほどの勢いの踏み込み。
風圧だけで体が浮くほどの質量。
「来るぞッ!!」
アベルさんが僕の肩を押し、横へ跳ばした。
次の瞬間――
ドォッ!!!!!
破砕槌が振り下ろした両腕が、石畳を粉々に砕き、地面ごとクレーターを作った。
「……ッ、あれ……当たったら死ぬ……!」
「当たらなくても死ぬわよ」
テレッサが冷静に返し、地面を蹴った。
その動きは、軽やかで鋭い。
炎の向こうに溶け込むような速度で破砕槌の間合いに入り――
「“風牙一閃”」
テレッサの刀が斜めに閃いた。
だが――
ガギィィィン!!
破砕槌が両腕のハンマーを交差させて受け止めた。
刀が火花を散らし、空気が唸る。
「受けられた……!」
僕が驚きの声を漏らす。
破砕槌は、巨大な体躯に似合わず、異常な反応速度を持っていた。
「オマエ……速イ……」
巨人の口が、不気味に歪んだ。
「だが……砕クノハ……オレ……!!」
ハンマーを横薙ぎ。
鉄塊が空を裂き、炎の中を暴風が渦を巻く。
「惣彩、伏せろ!!」
アベルさんの怒声と同時に、僕は地面に倒れ込む。
――ドゴォォォ!!
石壁が音を立てて崩れた。
その衝撃だけで肺が震える。
「テレッサ!」
「平気。あれくらい当たらない」
テレッサは軽く地を蹴って、破砕槌の背後に回り込んだ。
しかし破砕槌は、頭を振るだけで察知し、背中越しに鉄塊を叩きつけた。
ガァァァン!!!
重金属音が響き、粉塵が舞う。
その中からテレッサが飛び出してきた。
「クソ……防御も反応も規格外……!」
「テレッサ、下がれ! 前は俺が取る」
アベルさんが蒼い剣を構え、破砕槌と向き合う。
「王都を襲う覚悟で来たなら……容赦はしない」
「……アベルさん、行くんですか……?」
「ああ。ここを突破されれば、城まで一直線だ」
静かに言いながら、アベルさんは前に出た。
破砕槌もまた、鉄塊を持ち上げ、獣のように咆哮する。
「オレ……最強……!!」
「それがどうした」
蒼光が走る。
アベルさんと破砕槌が、街の中心で激突した。
轟音。
衝撃波。
地面が割れ、炎が吹き飛び、夜空が白く閃く。
僕は拳を握りしめた。
――この戦いが、アベルさんの最後の戦いになるなんて。
この時の僕は、まだ信じられなかった。




