第十九話 奇襲2
森での戦闘は続かなかった。
グレイブ傭兵団の追加の殺気は、突然、風が止まるように消えたのだ。
「……撤退した……?」
騎士の一人が恐る恐る呟く。
テレッサが双剣についた返り血を払いつつ、気配の消えた森を睨む。
「違うよ。これは“呼ばれた”匂いがする」
「呼ばれた……?」
「うん。大きな依頼主――もしくはボス本人が、もっと優先すべき“獲物”を見つけたんだ」
それが何を意味するのか、胸が嫌な音を立てて理解した。
「……まさか、王都……?」
アリシア王女の顔が一瞬で蒼白になる。
「父上……! 王都に戻らなきゃ……!」
王女の声は今までで一番高く跳ね上がり、騎士たちが慌てて馬車の準備を始めた。
「みんな、急いでッ! 最優先で帰還します!」
「は、はいっ!」
僕も荷物を背負いながら、テレッサに訊く。
「テレッサさん……グレイブ傭兵団が王都を狙う理由って……」
「決まってるじゃん。国の心臓を焼けば、すべての“駒”が止まる。王女様の誘拐より先に、王と城を揺らしにいったんだよ」
そんな……。
王都には仲間もいる。アベルだって。
王都の最精鋭であり、アノルの後を継ぎ騎士団を実質まとめているあの人が。
(アベルさん……)
不安が胸を締めつけた。
「惣彩」
「……はい」
「心配しても仕方ない。帰って確かめよ。それだけ」
テレッサがそう言って僕の肩を軽く叩く。
その声に押し出されるように、僕らは馬車に乗り込み王都へ急行した。
だが――すでに王都の空は、黒煙で覆われていた。
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▽王都・外縁部
王都へ近づくにつれ、鼻を刺す焦げた匂いが強くなる。
アリシア王女が思わず口を押さえた。
「こ、これは……」
街道の先、城門に続く石畳には倒れた兵士たちの姿があり、黒い火柱が上がっていた。
「黒炎……!」
ハッシュが戦慄する。
「グレイブ傭兵団の大将、“黒炎のグレイブ”の魔法です……! あいつが……来てる……!」
城門に近づくと、さらにおぞましい光景が飛び込んできた。
黒い火が地面を這い、建物を焼き、兵士たちがそれを必死に押し返している。
「……っ! アベルさん!」
その中心。
黒炎の奔流に立ち向かう一人の大男がいた。
肩幅の広い鎧。
巨大な槍。
炎に照らされる金色の瞳。
――アベル。
「誰が……王都を……!」
アベルが魔炎の壁に槍を叩きつけ、黒い炎が砕け散る。
その背中は、まるで城そのものが歩いているようだった。
「アベルさん! 無事だったんですか!」
僕の声が届いたのか、振り返った彼は目を見開いた。
「惣彩! 王女様まで……どうして外へ出ていた!」
「グレイブの刺客に襲われて……王都の異変を感じて戻ってきました!」
「よく逃げ切ったな……だが、今は――」
彼の言葉が黒炎の轟音で遮られた。
黒い炎の中から、ひときわ大きな影が歩み出す。
長い外套。黒い仮面。
その右腕、肘から先は真っ黒に焼け焦げているのに、炎を放ち続けている。
ハッシュが震える声を漏らす。
「……あれが……グレイブ傭兵団の団長……
“黒炎のグレイブ”……!」
グレイブの声は、老いた岩がひび割れるように低かった。
「王……も、王女も……まとめて焼く……。
必要なのは“鍵”……王の血……」
アリシア王女の体が震え、声が跳ねる。
「か、鍵って……父上の血……? わたし……?」
違う。
それは王が広めたデマだ。
“鍵”なんて僕には何もない。
だけど敵はそれを本気で信じている。
(……まずい。このままだと……王女様が狙われる)
僕の不安を見透かしたように、テレッサが前に出る。
「やるしかないね。惣彩、アリシア様は私が守る。
あなたは風で援護して」
「……はい!」
アベルが槍を構え、グレイブの目を正面から見据えた。
「お前をここで止める。王に手は出させん」
「アベル……騎士団の残りかす……。
アノルのように……燃えて消えろ……」
アベルの肩がわずかに震えた。
アノル。
その名を聞いた瞬間、僕の胸にも痛みが走る。
兄のように慕っていた騎士。
死んでから、僕は“俺”を捨て“僕”になった。
アベルは槍を握る手に力を込め、低く呟いた。
「アノルを侮辱するな……」
その声は、炎よりも熱かった。
「……惣彩! 聞こえるか!」
「は、はい!」
「アリシア様を連れて後ろへ下がれッ!
俺とテレッサが、ここは抑える!」
「アベルさんも!? 二人だけで……!」
「お前は守れ! それが“アノルの弟分”の役目だ!」
その一言が、胸を貫いた。
「……僕が……守ります。必ず!」
僕は風を練り、王女の周囲に結界を張る。
「アリシア様、僕の後ろに!」
「わ、わかりました……惣彩さん……お願い……!」
アベルとテレッサが前へ出る。
黒炎のグレイブが、右腕から黒い火球を生み出す。
「燃えろ……王国……!」
「来いッ!」
アベルの咆哮と、
テレッサの閃光のような踏み込みと、
黒炎の爆発が――
王都の中心でぶつかった。




