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無能の烙印者〜異世界でなんやかんだ生きています〜  作者: 肯定羽田


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第十八話 奇襲

 森を揺らす風は、もう“自然”じゃなかった。

 刃を引きずるような重い殺気が、木々の隙間から溢れ出す。


 ハッシュの叫びがこだまし、僕の背中を冷たく撫でた。

「グレイブ傭兵団――ッ!」


 聞いた瞬間、馬車の中でアリシア王女の声が跳ね上がる。


「全員、馬車を中心に円陣ッ! 距離を詰めすぎないで! テレッサ、前衛に立ってッ!」


 いつもの上品な声とはまるで別物。

 けれど、戦場ではこの“高い声”が驚くほどよく通る。


「惣彩、こっち!」


 テレッサが左側へ手招きをしてくる。僕は走って彼女の背に付いた。


 テレッサは細身なのに、背中がやたら大きく見える。山賊三十人を瞬殺した実績は伊達じゃない。

 その背に守られていると思うと、不思議と呼吸が整った。


 だが、森の奥から出てきた“黒い影”は――その比じゃなかった。


 最初の三人が間合いに入る。


 黒装束に、仮面。長刀を構えて低い姿勢で疾走してくる。


「三つ……いや、五つッ! 増えてます!」


 騎士の一人が叫ぶ。


「アリシア様、これは引くべきだ!」


「いけません! 視界のない森での撤退は危険です! せめて正面を押し返してから!」


 アリシア王女の声は高いのに、判断は落ち着いている。

 場を掌握する速度が速すぎる。


「惣彩、来るよ!」


 テレッサの声と同時に、黒い影一つが飛び込んだ。


 足音ほぼゼロ。気配が極端に薄い。

 これが……本物の殺し屋――。


「せっ!」


 相手が斬りかかる。

 速い。山賊とは比較にならない。


 だが、テレッサはもっと速かった。


 ――ガンッ!


 火花と共に長刀が跳ねる。

 テレッサの双剣が、寸分狂わず相手の手首を弾き飛ばした。


「甘い」


 彼女は一歩踏み込み、逆手に持った剣をひねる。


 黒装束の首元に、赤い線が走り――そのまま沈んだ。


 一瞬。

 たった一手で、殺し屋の一人を処理した。


「……ひぃ……」


 後ろの騎士が震えた声を漏らす。

 だがまだ終わりじゃない。


「惣彩、風で前方に結界作って!」


「わ、わかりました!」


 僕は深呼吸し、両手を前へかざす。


「《ウィンド・ウォール》!」


 風が巻き上がり、透明の壁が形成された。

 黒装束の二人がそれに突っ込み、勢いが削がれる。


「助かる! そのまま維持して!」


「は、はい!」


 だが、違和感がある。

 風が揺れる。壁が波打つ。


 ――強い“何か”が近づいている。


「テレッサさん……! 壁が……!」


「来るよ、惣彩。気を抜かないで」


 森の奥。闇の中で、一つだけ“格”が違う気配が動いた。


 足音が重い。

 空気の層を押しつぶすような圧。


 ゆっくりと姿を現したのは――

 筋肉の塊のような巨躯。

 獣皮を肩からかけ、背丈は二メートル近い。


 全身に傷。

 腕には太い縄のような筋。

 片手で持つ大斧は、普通なら二人がかりでも重すぎる。


 黒装束とは違う。

 これは……前線特化の処刑人。


 テレッサの目が細くなる。


「あれが……“ラノルの処刑人”グレイブの幹部……?」


 ハッシュが血の気を失った声で言う。


「ま、まさか……! 『鉄屠り(アイアン・スローター)』の異名を持つ……ガルン・ブラッド!!」


 名前だけは聞いたことがある。

 都市一つを傭兵団一人で壊滅させた、とか嘘みたいな戦果の持ち主。


 その怪物が――僕たちの前に立った。


「王族の娘は、どこだ……」


 低い声。

 森が震える。


 アリシア王女が馬車の中で息を呑む気配が伝わってくる。


「出てこい……攫う……」


「……惣彩」


 テレッサが振り返る。

 その表情は、いつもの穏やかな姐さんじゃなかった。


「逃す気、ないみたいだよ」


「う……うそでしょ……」


「怖いならいい。私が行く」


 テレッサが前へ出る。

 まるで巨獣に挑む剣士のように、静かに構えた。


「アリシア様、離れて!」


「わ、わかりましたっ!」


 アリシア王女の声は高いまま震えていたが、指示は明確に飛ぶ。


「テレッサ、正面は危険です! 惣彩さんは右斜め後方から風で援護して!」


「了解!」


 僕は風を操り、テレッサの背を包むように吹かせる。


 巨人ガルンは大斧を振り上げた。

 その動作は遅いのに、圧倒的な重量を感じさせる。


「殺す」


「来なよ……!」


 次の瞬間――

 巨斧が振り下ろされるより早く。


 テレッサの姿が消えた。


「――ッ!」


 テレッサの靴底が地を蹴る音すらしない。

 気配もなく、影だけが走る。


 ガルンの腕に、一閃。


 赤い線。

 それだけ。


 巨斧の男が膝を折る。


「…………な」


「遅いよ。あなた、強いけど……」


 テレッサは背後に立っていた。

 双剣に返り血ひとつ付いていない。


「瞬きしないと、戦えないよ?」


 ガルン・ブラッド――

 グレイブ傭兵団幹部。


 その巨体が、大地に倒れた。


「……テレッサさん、すご……」


「惣彩もいい援護だったよ。風で体の重心を読みやすくなった」


 胸が熱くなる。

 僕の魔法でも……役に立てたんだ。


 だが、戦いはまだ終わりじゃなかった。


 森の奥から二つ、別の殺気が歩いてくる。


 アリシア王女が息を飲む。


「ま、まだ……来ます……! グレイブの主力……!」


 テレッサが剣を握り直し、僕に言った。


「惣彩。まだ戦える?」


「……はい」


「じゃあ、行こう。王女様を守るために」


 風が鳴る。


 森の奥から、新たな戦いが始まろうとしていた。

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