第十一話 襲撃②
アレックスに背負われ、俺は王都の大通りを疾走していた。 遠方では炎、黒煙、魔物の唸り声、人々の悲鳴。
「アレックス!! あっち倒れてる人!!」 「見えている。避ける」
軽く足をひねっただけで、アレックスは倒れた荷車を跳び越える。 その運動神経に感動しながら、俺は胸の奥の熱に顔をしかめる。
(……やっぱり、核が反応してる……)
呼吸に合わせて、心臓ではない場所が脈を打っていた。 いや、脈というより“呼ばれているような”違和感。
「惣彩、胸は?」 「やばい。熱い」 「悪化してるな。急ぐ」
アレックスが速度を上げた、そのとき――
空気が、揺れた。
ビキッ、と世界が裂けるような音。
「ん……? 何今の……」
「惣彩、伏せろ!!」
アレックスが俺を抱くように覆った瞬間、
白い線が横切った。
線ではない。 “刃”だ。
風の刃。
次の瞬間、通りの向こう――
黒煙ごと、魔物が十体まとめて消し飛んだ。
周囲の兵士が震え声で叫ぶ。
「で、副団長だ!! アノル副団長の“神速”だ!!」
視線を向けると――
白外套が、空中に浮かんでいた。
いや、“浮いている”ように見えるだけで、実際にはもう着地しているのだろう。
人間の視力が追いついていないだけだ。
副団長・アノルは風の上に立つように、静かに剣を下ろした。
「……間に合ったな」
そう呟くと同時に、黒煙の奥から新たな魔物が現れる。
寄生型グローム。
兵士の体を喰い破り、頭部から触手を生やした異形の魔災。
人とも魔物ともつかない、呻き声を上げて襲いかかってきた。
「アノルさん!! 前線が崩れています!!」(兵士) 「大丈夫だ。私がいるかぎり、ここは落ちない」
アノルは剣を構える。
構えた――はずなのに、
俺の目には“まだ動いていない”ように見えた。
瞬き。
その間に、二十体のグロームが細切れになった。
「え、え、え? え???」
俺の脳が処理を拒否した。
動きが、見えない。
アレックスが静かに言う。
「惣彩。あれが副団長――“神風アノル”の本領だ」 「本領!? これ本領なの!?」 「まだ半分も出してない」
「半分でこれ!???」
アノルの周囲で、風が渦を巻く。 いや、渦ではない。
陣形だ。
風の紋様が地面に描かれ、その中心にアノルが立つ。
「風よ――私の足を借りる」
その瞬間、アノルの姿が“消えた”。
「副団長が……また消えた!!」
消えたわけではない。
速すぎるだけだ。
俺は必死に目を凝らす。
そして、辛うじて見えた。
(……風の“道”を滑ってる!?)
アノルは空気の流れそのものを足場にしていた。 風を凝縮させ、道のようにして踏む。
踏むたびに、魔物の首が落ち、胴が裂かれる。
しかも、その顔は無表情のまま。
「副団長、やば……」
「惣彩。あの人は団長に次ぐ怪物だ」
「だよね!? 普通の人じゃないよね!?」
「普通の人は風を踏まない」
当たり前みたいに言うな。
――そのとき。
アノルがピタリと停止した。
そして……俺のほうを見た。
「惣彩」
「えっ!? なんで俺!? 戦ってないよ俺!!」
アノルの声は淡々としていた。
「お前の核……“眩しい”ほど光っている」
「嘘でしょ!? 俺またなんかやった!?」 「悪いのはお前じゃない。問題は――」
アノルは風を操り、黒煙を裂いた。
その向こうに、巨大な魔災が姿を現す。
寄生型グローム・上位種。
百を超える人や魔物を喰い、寄生し、融合し、
一つの“巨体”として生まれた災厄。
身長は八メートル。
千切れた腕や脚が表面に貼り付くように蠢き、
中心部には無数の“人の顔”がうめいている。
あまりにも不気味な姿。
「ひっ……」
「惣彩、見るな。精神を削られる」
しかしアノルは動じなかった。
「……やはり、お前か」
アノルが呟いた。
「この魔災は、惣彩を“基点”に集まっている」
「基点!? なにそれ!?」
「つまり惣彩の核が、魔物どもへの“灯台”になっている」
「灯台!!? 俺は灯台じゃねぇ!!」
アレックスが低く言う。
「副団長。グレイヴの仕業か?」
「可能性が高いな」
アノルの剣が風をまとい、白く光る。
巨大グロームが吠え、触手を振り上げる。
アノルはわずかに笑った。
「惣彩。お前を狙うなら――」
一瞬で視界から消える。
そして、次の瞬間。
「――僕が斬る」
風の爆音。
白い斬撃が、空間ごと巨体を切り裂いた。
しかし寄生型グロームは、断面を再生しながら吠えた。
再生速度が異常だ。
「アノルさん!! 再生が……!」
「わかっている。あれは普通の魔災ではない。 ――中央に“核”がある」
アレックスが息を呑む。
「魔災の核……まさか」 「惣彩の核に反応した、偽造核だな」
「偽造核!?!? そんなの作れるの!?」 「グレイヴなら出来る」
またあいつの名前。
俺の背筋が冷えた。
アノルが深く息を吸う。
「惣彩。これはまだ第一波だ。 本命は――もっと深い」
「本命……?」
アノルが剣を構え直した時だった。
黒煙の奥。
何かが“立って”いた。
巨大でも魔物でもない。
人。
黒い仮面。
深いフード。
「……やあ、惣彩くん」
アノルが目を見開いた。
「貴様……!」
俺は、喉が凍りついた。
声を出すことすらできなかった。
だって――
グレイヴが、そこにいた。




