島を越えて、戦艦が咆哮する
南海の空は、どこまでも青く高かった。
碧い波がきらきらと光をはじき、遠く水平線の向こうに白い航跡がゆっくりと伸びていく。その先にあるのは、敵に占領された島。名もなき、しかし戦略上は極めて重要な地点。
日本陸軍と海軍は、今まさにそこへと共同で上陸作戦を決行しようとしていた。
艦隊旗艦、戦艦「扶桑」の艦橋で、双眼鏡をのぞいていた海軍中佐・**久賀**は、隣に立つ陸軍中佐・**瀬島**にニヤリと笑った。
「なぁ瀬島、こんな気分で作戦に挑むなんて、まるで修学旅行みたいだな」
「失礼だな。俺はいつだって真剣勝負だ。だが……久賀、お前となら戦争も悪くないと思えるから不思議だよ」
こんな会話が交わせるのは、この二人が”信頼と皮肉と友情と”で結ばれた、稀有な関係だからだ。
かつて陸軍士官学校と海軍兵学校の講義で偶然顔を合わせて以来の腐れ縁。陸と海、立場も所属も違えど、彼らの間には確かな絆があった。
「……目標、敵拠点、北緯〇〇、東経〇〇。距離、約七千」
艦橋の測的士が声を張り上げる。
艦砲射撃が始まる。長大な主砲、36センチ連装砲塔が唸りをあげた。まずは「扶桑」、次いで「山城」も続く。
——ドオオオオン!
轟音が海面に轟き、島影に火柱が立つ。
この瞬間こそ、戦艦が最も”戦艦らしい”時間だった。巨砲を抱えた巨艦が、その力を存分に解き放つ時。
「瀬島、艦砲は予定通りだ。お前ら、行けるな?」
「もちろんだ。俺の部隊は、精鋭ばかりだ。『カミ』も二中隊用意してある」
「水陸両用の戦車か……変な乗り物だな」
「いいや、あれは“泳ぐ盾”だ。派手さはないが、兵を護る力がある」
「へぇ、まるでお前みたいだな」
「おい、今のは褒めてんのか、皮肉かどっちだ」
「半々だよ」
二人は笑った。そして、正面の海を見つめる。
そこには、上陸用舟艇がすでに準備を終えていた。艇内には、若き兵士たちが乗り込んでいる。陸軍・海軍混成の部隊、まさに“日の丸連合軍”といえる布陣だった。
上陸部隊を率いるのは瀬島。久賀は艦隊司令部の代表として艦砲支援を統括する。現場での柔軟な連携を可能にするため、二人の「現場一任」が黙認された形だった。
——海軍が援護し、陸軍が突撃する。そんな単純な図式ではない。
現地での運搬、揚陸、地形偵察、補給線の確保、敵航空機への警戒といった、地味ながら重要な任務に対し、海陸が本気で協力し合う。これは奇跡に近い。
それでもこの奇跡は、ふたりの友情が作り出したのだ。
「発進!」
合図とともに、上陸用舟艇が一斉に動き出す。
波を切りながら、いくつもの舟艇が海を渡る。中には、「カミ戦車」もいる。水をかき分け、まるで怪獣のように進むその姿は、兵たちに妙な安心感を与えていた。
やがて敵の海岸線から銃声が響き、海面に弾が跳ねた。
しかし、それよりも一足早く、第二波の艦砲射撃が上陸地点の背後を粉砕する。まるで後方の逃げ道を潰すように。
敵は混乱し、数発の対舟艇射撃を放つも、海からの上陸は止められなかった。
「突撃ーっ!」
先陣を切った瀬島の声が、風に乗って「扶桑」艦橋まで届いたような気がした。
その後の戦闘は、凄惨を極めた。
白兵戦となり、兵たちは銃剣と手榴弾で敵塹壕を制圧していった。
カミ戦車はまさに水陸両用の名に恥じず、泥濘の中を駆け抜け、機銃掃射と火炎放射で敵陣を切り裂いた。
そして三日後。
島は、完全に奪還された。
◆ ◆ ◆
夜、海岸近くの仮設指揮所。
月明かりの下で、ふたりの男が砂浜に座っていた。片手には、軍用のアルミ缶に注がれた水割り。
それだけで、少しだけ人間に戻った気がした。
「……お前ら、よくやったよ。本当に」
久賀が言った。
「いや、海の上からあれだけぶっ放してくれたおかげで、ずいぶん楽に攻め込めた」
「お互いさまだな」
「……なあ、久賀」
「ん?」
「この作戦が終わったらさ、また一緒にやらないか?」
「作戦か?」
「いや、違う」
瀬島は空を見上げた。
「もし……戦争が終わって、生き残れたら、だが」
「ほう?」
「今度は、ラーメン屋でもやろうぜ。お前が海軍風、俺が陸軍風のスープ出してさ」
「それ、喧嘩になるな。絶対」
二人は、夜の浜辺で笑った。
彼らの笑い声を、波が静かにさらっていった。
そして背後には、いまだ煙を吐きながら、ゆっくりと錨を下ろす戦艦「山城」の影があった。
この日、日本陸軍と海軍は、ひとつになった。
その記録は、戦史に残ることはなかったかもしれない。だが、確かにここに“戦友”がいた。
戦艦が咆哮し、戦車が海を渡った。
友情の上陸作戦は、確かに成功したのだった。