【第二章】─奇妙な監禁生活─(3)
「身体も温まった事だし、そろそろ寝ようか。君の使う部屋はあっちね」
そう言ってテオの指さす方向には部屋の入口らしきドアがあった。しかし、視線を巡らせてもその他の部屋の入口らしきものは見当たらず、ミアは首をかしげる。
「私が一部屋使ってしまって良いの?あなたの部屋は?」
「僕の部屋は上の屋根裏だよ」
そうして今度は玄関近くを指差す。よく見ると玄関のそばには目立たない梯子がかけてあった。
「いつも屋根裏で寝てるの……?」
「昔は母親と住んでいたからね。僕はずっと屋根裏を使ってた。君が使う部屋は元々は母親の部屋だよ」
住んでいた、と言う事は今はいないと言う事だろうか。その辺りの事情が少し気になりはしたものの、出会って間もなく親しくもない間柄だ。あまり踏み込むのは気が引け、ミアは特にそこに対して何か口に出す事はしなかった。
「まあ、ずっと使ってないし掃除もしてないから、快適かどうかは保証できないけど」
部屋のドアの方に視線をやりながら肩を竦めるテオを見て、まだ見ぬ部屋の状態に一抹の不安を抱いた。明日は一日中掃除に時間を費やす事になるかもしれない、と内心気合いを入れる。
「それじゃあ、僕はもう休む事にするよ。多分昼過ぎまで寝ると思うから起こさないでね」
テオはそれだけ言い残し、一人梯子を登って行ってしまう。その場にぽつんと取り残されたミアは、すごすごと指し示された部屋へと入って行った。
部屋に入ると、壁際に置かれた質素なベッドが目に入る。そこに吸い寄せられるように身を沈めると、疲れ切っていた身体は鉛のように重く感じた。部屋の様子を確認する余裕など無く、指先さえも動かすのが億劫で、瞼を閉じて視界を遮断する。
たった一晩で、色々な事があった。色々な事が変わった。その目まぐるしい変化に、頭がまだ追いつけていない。考えるべき事はたくさんあるはずなのに、疲労のせいか思考が上手く機能しない。意識は徐々にブラックアウトして行くが、それに抗おうという気力すら残っていなかった。
そしてこの日起きた出来事を整理する間もなく、たちまち意識を手放すのだった。
「(私はそのまま寝てしまったのね)」
起きてからしばらく経ち、徐々に記憶が鮮明になって来た。寝る前にあった出来事をあらかた思い出し、あてがわれたこの部屋を改めて見渡す。
想像していたよりは幾分かマシだった、──と言うより想像していたより殺風景すぎた。壁際には質素なベッド。その傍に一人用のテーブルとチェアが一組だけ。部屋に置かれた家具は必要最低限ですらなく、本当に以前誰かが使っていたとは信じ難いほどに生活感が無い。
母親と暮らしていた、とテオは言っていたが、どれくらい前の事なのだろうか。床に積もった埃を見るに、何年かは使われていない気がする。
そもそも、テオが誰かと生活を共にしていたと言うこと自体、どこか現実味が無かった。まだあの少年の事はよく知らない。それ故に偏見ではあるが、テオが誰かに合わせて行動することなど、できるようには思えなかった。
掴みどころのない少年。空気を掴むような会話。目にした者を強烈に引き付ける存在感を放ちながらも、どこか希薄な空気感をも併せ持つひと。分からない。テオと言う少年は、まだ見えない。
そんな事を考えながら、テオがどんな人間なのか、どんな風に生きてきたのかを知りたいと思っている事に気付く。全てを終わらせたいはずなのに、何かを新しく知りたいなど矛盾しているにも程がある。
ミアは自分の願いを疑ってはいなかった。死への羨望は確かなものであるはずだ。しかし、それほどまでに、――あの少年の引力は凄まじいものだった。
何故こんなにもテオの事が気になってしまうのだろうか。昨日初めて会っただけの、少し会話を交わしただけの、知り合いですらない存在であるはずなのに。
「(……テオに会えば、何か分かるのかしら)」
あの夜色の瞳をもう一度見れば、己の不可思議な感情の手がかりが見つかるかもしれないとミアは考えた。
テオは昼過ぎまで起きないと言っていたが、もう起きているだろうか。今が何時頃なのかは分からない。この部屋には時計すら無く、窓の外はカーテンで遮られているせいで空の色も確認できない。僅かな隙間から漏れる光で、日中であると言うことが分かるだけだ。しかし、勝手にカーテンを開くことは何となく躊躇われた。
「(居間に出るくらい、良いわよね)」
部屋を出て、居間にテオがいるかどうかを確認するくらいは許されるだろう。起こしに来るなとは言われたが、部屋から出るなとは言われていない。ミアは早速ベッドを抜け出し、寝室のドアノブに手をかけた。
屋根裏暮らしのテオッティ。
……おもんない事言いましたすみません(^-^)
屋根裏部屋ってなんとなくワクワクする響きだと思うのですが、同じように感じる方はいらっしゃいますか?