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【第二章】─奇妙な監禁生活─(1)



「スノウ……?どうして……?どうして動かないの……?」


 床に横たわる小さくて真っ白なもの。その周りには赤黒い液体が広がっている。その傍らに立つのは、よく知るあの人。


「ねえお願い……動いてよ……」


 少女の呼び掛けも虚しく、それは微動だにしない。わたしのせい。わたしがいたから。わたしと関わったから――。


「もう、嫌」


 もう全て、終わりにしたい。何もかも捨てて、何も持たず、消え去りたい。


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


 どこまでも昏い絶望の渦が少女の身体を飲み込んでいく。



「どうか私を、許さないで――」


 


 目が覚めると、そこは無機質なベッドの上だった。

 意識はまだぼんやりとしていて、覚醒しきらない。ミアは少しだけ身じろぎをして、そのままゆるゆると身体を起こした。


「(えーっと、ここはどこだっけ……)」


 周りを見渡すと、そこは狭い部屋の中だった。普段過ごしている自室ではない。壁際に質素なベッドがあり、そのすぐ傍に小さな木製のテーブルとチェアが一組置かれているだけの粗末な部屋。床はところどころ埃が積もっていて、お世辞にも清潔感があるとは言えない。

 一つだけ付いている窓の古びたカーテンは、固く締め切られていた。その隙間から僅かばかりの光が漏れているところを見ると、今は少なくとも夜ではないらしい。


 散漫する思考をどうにか掻き集め、無理やり脳を回転させる。

 自分はどうしてここにいるのだったか。確か昨晩は屋敷を抜け出し、逃げて、走って、走って、そして。


「(ああ、思い出した)」


 暗闇を駆け抜けたその先で、全身を血に濡らした美しい少年と出会ったのだ――。




「ここが僕の住処だよ」


 テオと名乗る少年の手を取り暗い路地裏を抜けると、住宅街のような場所に出た。しかしそこはミアの知る住宅街とは全く異なるものだった。建ち並ぶ家々はどれも朽ちかけていて、強い風でも吹けば崩れ落ちるのではないかと感じられるほどだった。夜明けの淡い明るさが建物の古びた様子をよく映し出し、辺りの静けさも相まって不気味な雰囲気に拍車をかけている。

 道も全く整備されておらず、地面は土が剥き出しになっていた。そのあちらこちらにゴミが散らばり、ひいては血痕まで見つけてしまって、ミアはじわじわとそこから視線を逸らした。


 そしてその住宅街を横切りしばらく歩くと、少し開けた静かな場所に一軒の小さな家がぽつりと建っていた。テオはここで暮らしているらしい。先ほど見てきたようなあばら屋では無かった事に、内心ほっと胸を撫で下ろす。


「静かな場所ね」

 ミアが周りを見渡し呟くと、テオは含みのある笑みを浮かべた。


「ボロ屋じゃなくて安心した?」

 ミアの考えていた事はすっかり見透かされていたようで、なんとなくばつが悪くなる。


「あそこには本当に人が住んでいるの……?」

 あのような今にも崩壊しそうな建物で生活している人がいるなど、ミアには考えられなかった。


「まあ、ここは貧民窟だからね。それでもあの辺りはマシな方だよ」


 テオの言葉に衝撃を受け、ミアは言葉を失った。あの一帯が「マシ」だなんて、信じられない。これまで暮らしていた屋敷の使用人が使う部屋の方がずっと綺麗だ。


「君ってさ、絶対に家出少女でしょ」

「え?」

「そんな反応をしてたら、ここら辺の人間じゃない事なんて一目瞭然だよ」


 別に己の素性を隠そうと思っていた訳でも無いが、ぴたりと言い当てられた事に少しばかり動揺する。


「まあ、お貴族サマにしては痩せすぎだし、服もボロボロだし、本当に訳ありって感じだね」

「どうして私が貴族だと思うの?」

「父親から貰ったっていうペンダント。あれはただの平民や商家の人間が手に入れられる物じゃない。君のその服もボロボロではあるけど、生地自体は悪くないように見える」


 このテオと言う少年は飄々としているようで、見るところはしっかり見ているらしい。ある程度の観察眼と、そこから結論を導き出せる頭もあるようだ。


「貴族だったら殺してはくれない……?」

 この国は身分格差が強く、平民が貴族を殺めるのは大罪だ。もしそれが明るみに出れば、極刑は免れない。


「別にそこはどうでもいいかな」


 テオは妖しく微笑みながら、ミアの顔を覗き込んだ。視線が絡む。路地裏にいた時は分からなかったが、その瞳の色は夜を切り取ったような濃紺。その夜の色に今にも飲み込まれてしまいそうだ、とミアはぼんやり思った。


「僕はね、欲しいものがあるんだ」


「欲しいもの……?」

「そう。でも何かは教えてあげないよ」


 テオはミアの髪をひと房手に取り、口づける。


「今はまだ、ね」


 夜色の瞳に縫い止められる。その色の奥に、更なる深い闇の色を見た気がした。初冬の冷たい風が静かに頬に刺さる。身動きが取れない。

 金縛りにでもあったかのように動けないでいると、テオは捉えていたホワイトブロンドをはらりと離し、ミアに手招きをした。


「寒いし眠いし、中に入ろう」


 テオはそれだけ言い放つと、一人すたすたと扉の方へ歩いて行ってしまう。取り残されないように、ミアはその後を小走りで追いかけた。




第二章スタートです!

女慣れしてそうなテオ氏。

ゴミクズ男のニオイがぷんぷんします。

みなさん、悪い男にはお気をつけあれ……。

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