第91話 女商人は、辞任を表明する
4月に入り、オランジバークがあるここ北部地域でも陽気に包まれる日が多くなっていた。
新しい町の建設工事は順調に進んでいて、作業場近くには市も立ち並ぶようになり、活気づいていた。そんな日のある日……。
「突然だけど、わたし、町が完成したら村長辞めるから」
仮設の村役場で開催された定例幹部会の冒頭、アリアはそう宣言した。
「お……おまちください。一体、何をおっしゃられているのですか?」
出席者が唖然としている中で、軍を束ねるマリアーノが聞き返した。
町づくりは順調に進んでいる。建設が始まったころに見られていた元盗賊団の犯罪もめっきり減っているし、食料の面においても住居の面においても問題は発生していない。
これらはすべてアリアの指導力によるもの。多くの住民がそのことを理解し、不満の声はまったくといっていいほど上がっていない。
(……それなのに、町が完成したからと言っても、辞める理由がどこにある?)
マリアーノはそう思った。
すると、アリアは答えた。
「辞める理由はね、あくまでわたしの都合。ほら、わたしには『勇者に復讐を果たす』っていう目標があるでしょ?そのころには、シーロが手掛けている船もできているだろうし……」
その発言にこの場にいる幹部たちは騒めく。アリアの悲願はみんな承知しているが、「はい、そうですか」だなんては言えない。
「アリアさんは、俺たちを見捨てるんですか!!」
「気持ちはわかりますけど、勇者のことなんてもう忘れましょうよ!!」
そのような声が上がり、さすがのアリアもたじろぐ。
(どうしよう……この理由じゃ、ちょっと無理があったかしら?)
とはいえ、正直にレオナルドの力のことを言うわけにもいかない。さて、どうしようかと考えていると……
「おまえら、情けないぞ!!そんなんだから、アリアは辞任しようって言ってるんだぞ!!」
……なぜだか、レオナルドが一喝した。
(なに他人事みたいに言ってんのよ!!)
アンタのせいよ、と言いたい気持ちを我慢しつつ、成り行きを見守るアリア。そんなアリアの気持ちを知らずにレオナルドは続けた。
「たしかに、このままアリアに託した方がこの村はよくなる。それは俺も思う」
レオナルドのこの言葉に出席者の全てが頷いたのが見えた。
「しかし、本当にそれでいいのか?この村は、俺たちの村じゃなかったのか?それなのに、俺たちは考えるのを放棄して、アリアの力に頼ってばかり。本当にそれでいいのか?俺たちの矜持はどこにいった?」
レオナルドは、一同をもう一度見渡した。だが、まだ納得していない者もいるようで、「そんなこといわれても」と呟いている声も聞こえる。
すると、手が上がった。マルスだ。
「レオナルドさんの言うとおりだと自分も思います。道はすでにアリアさんが敷いてくれているんです。これ以上、彼女に何を望みますか?俺たちは、母親に手を握ってもらわないと歩けない腰抜けじゃないでしょ!!」
その堂々とした態度に、アリアも目を奪われたが、他の者も同じだったようだ。
「そうだ!!俺たちの意地を示そうぜ!!」
「恩人であるアリアさんに、好きな道を歩いてもらおうじゃないか!!」
オットーとカルロも続いた。そして、ディーノも拍手をして賛意を示すと、他の幹部たちもそれに倣って拍手を送る。
「ありがとう……みんな……」
本当の理由を言えないことは心苦しかった。しかし、アリアはそれを表に出すことなく、みんなの気持ちに感謝して頭を下げるのだった。




