第88話 調査官は、捜査協力を依頼する
「……それで、どうしてアリアをこんな夜遅くまで連れまわしたのですか?」
「うう……それは……」
さっきまでの快活さが嘘のように、クリスは言い淀んだ。
(……言えない。捜査のために利用したなんて言ったら、絶対に怒る……)
そう思いながら、あれやこれやと言い訳を考えるが……。
「ク・リ・ス・さ・ん?」
師匠とそっくりな笑顔に睨まれて、観念した。アリアのビギナーズラックの件も含めて。
「……はあ、なるほど。理解しました」
クリスから一通りの事情を聞いたレオナルドは、そう言って息を一つ吐いた。
「あれ?怒らないの?」
「アリアの同意の上でしょ?それなら、俺が文句を言う筋合いはないでしょう」
レオナルドは言い切った。そして、アリアの方を見る。「あとでお小言は言わなければいけませんが」と付け足して。
「それにしても、まだ人攫いが続いてたのですか……」
「ええ。まだはっきりとした証拠はつかめていませんが、今日の潜入で、アルカ帝国から攫ってくるという情報も得ましたし……」
そう言って、クリスは悲しそうに窓の外を見る。夜遅いというのに、そこには光り輝く町の姿がある。
(あの光り輝く町の中で……今も絶望に打ちひしがれて泣いている人がいる)
そう思うと、胸が苦しくなり、素直に美しいとなんて言えない。一刻も早く、手を差し伸べたいという気持ちが、心を急がせる。
(焦っちゃダメ……まだ時間はあるんだから……)
今日聞き逃した『なんとかハル村』のことが脳裏をよぎった。
「ん?どうかしましたか?」
しかし、それはどうやら顔に出ていたようで、レオナルドの関心を引いた。
「あ……いや、何でも……」
そう言いながら、焦る気持ちが心を動かした。こんなことを言っても仕方ないと思いつつ、クリスは今日の出来事を伝えた。
「つまり、そのアルカ帝国の『なんとか村』というのがわからないと?」
「はい。……しかし、アルカ帝国の地図って、門外不出でしょ?それで困っていて……」
地図がなくても、行ったことがある人間でもいれば、大体のことはわかると思うが、かの国は出入りすら厳重に管理されている国。外交使節もしくは交易商人しかポトスの人間は立ち入ることはできない。
(……しかし、北の部族民ならあるいは)
訊ねた後でそのことを思い出したクリス。期待しながらレオナルドの答えを待つが……。
「……すみません。俺もアルカ帝国には行ったことないので……」
その答えは、クリスが望むものではなかった。
「そう……」
明らかにがっかりするクリス。それを見て、レオナルドは何かわかったら必ず伝えると約束する。もちろん、これは社交辞令だとクリスは理解した。
(まあ、いいわ。まだ時間はあるんだから、焦らずがんばろう)
いつまでも落ち込んでいても何も始まらないのだ。クリスは、気持ちを切り替えて前を向いた。
レオナルドとの面会が終わり、宿を出たクリスは再び男の姿に戻っていた。
アリアのビギナーズラック、レオナルドとの思わぬ話し合いで次の予定まで時間が押している。
(さて……次は港だな……)
手の者からの報告では、あと1時間半後にこの場所をとある町医者が密かに訪れるという。付近は人家がなく、しかも深夜の時間帯に。明らかに怪しい。
ゆえに、クリスは何かあると踏んでいる。
「さて、今夜も超過勤務だな」
そう独り言ちたクリス。しかし、立ち止まることなく、足早に町の雑踏の中に姿を消したのだった。




