第87話 遊び人は、父の愛情の深さを知る
「……なんで、女なのに……男の姿を?」
締め上げられて苦しそうにしながら、レオナルドが言った。しかし、その言葉にカチンとくるクリス。人の気も知らないで、と心の内にある物を言い放とうとするが……
「クリスさんも、レオナルドさんも、もうその辺で!!……ほら、みんな見てますし……」
「「あっ……」」
シーロの一言に、二人の声が思わず重なる。見渡せば、ロビーだけでなく2階の廊下にも人が出てきてこちらを見ている。
「おい、どうした。もうおしまいか!?」
「彼女、寝取られたんだろ!!根性見せろや、小僧!!」
「やれ!!やるんだ!!イケメン何か、みんなぶちのめしちまえ!!」
囃し立てるかのように降り注ぐ言葉の応酬に、レオナルドもクリスも苦笑する。
「……部屋で話しましょうか」
「そうですね。その方がよさそうですね」
何しろ、大ぴらにできない話をこれからするのだ。ヒートアップする周りをよそに、レオナルドの提案にクリスは異論をはさむことなく従った。
「改めて訊きますけど、どうして男性の姿を?」
レオナルドとアリアが宿泊している部屋に移り、ソファーに腰を下ろしたレオナルドが対面に座るクリスに訊ねた。
なお、アリアは傍のベッドで健やかに眠り、シーロは空気を読んで自分の部屋に戻っているので、差しでの対話だ。
「……あなたのお父さまのせいよ」
その口調は、女性のもの。これまでのクリスのイメージとかけ離れていることにレオナルドは戸惑いを覚えるも、口には出さず耳を傾ける。クリスは続けた。
「15年前。調査官に採用されたのは良いけど、私は任務に失敗してね。本当ならそのまま殺されるところを……あなたのお父様、ユーグ先生に救われたのよ」
今でもあの日のことを思い出すクリス。天才と呼ばれて天狗になっていた鼻を思いっきりへし折られて……気が付けばベッドの上。傷口に薬を塗ろうとした先生を強姦魔呼ばわりして暴れたことは、今でも恥ずかしい記憶だ。
「その縁もあってね……わたしは強くなるために、恥も外聞も捨てて先生に弟子にしてくださいって頼んだの。でもね、断られたのよ。それもひどい理由でね。わかる?」
「いや……」
そんなことわかるわけないだろうとレオナルドは思った。もちろん、空気を読んで口には出さないが。
すると、クリスはギロリとレオナルドを睨んだ。
「原因は、あなたのお母さま」
「へ?」
「先生は、あなたのお母さまに義理立てして、女性の弟子は取らないっ言ってね。間違いがあったらいけないって、断られたのよ。もう信じられないでしょ!!だぁれがあんな極悪の鬼と間違いなんか起すかっちゅうの!!」
そう言いながらプンスカ怒りだしたクリスの姿に、レオナルドは苦笑する。クリスは美人なので、父の方から間違いを起こしたらいけないと思ってのことだろうと推測する。
「でも、クリスさんは弟子なんでしょ?どうやって……えっ?まさかそれが理由で?」
「そうよ。男に化けないと、先生の指導が受けられないからね!!」
それは、なんというかと、レオナルドは言い淀んだ。しかし、一方でそこまで徹底するほど、母親への愛情を持ってくれていたことに心が温かくなる。
「クリスさんは、母のこと……何か聞いてますか?」
「わたしなんか、足元にも及ばない超美人な方とだけ」
クリスがぶっきら棒にそう言って、レオナルドは笑い出した。なんという惚気だと。でも……
「いつか……会ってみたいな」
思わず口からこぼれた言葉。今までになかった感情に驚きつつも、レオナルドはそう思った。




