第2章:優しい使徒(2-2)
2-2 淡い記憶
一度目は20歳の頃、中学卒業ぶりに会った友人が「more load」という連鎖販売取引の国内最大手の会員にいつの間にかなっていた時の話。
友人宅に招かれるやいなや、浄水器に関する機能の実演や、more loadブランドのエナジードリンクなどを見せてもらったのだ。
その後、「人間の器」とやらについて熱く語ったかと思うと「会ってもらいたい人がいるから付いてきて」と言い、自宅の外に連れ出された。
しばらくすると近くのコンビニから怪しい2人組の男が出てきたかと思うと、こちらに近づいてくる。
友人と親しげに挨拶を交わしたのち、「more loadって知ってる?」という言葉を皮切りに勧誘が始まった。浄水器を目にした段階から悠介の警戒レベルが上昇し始め、2人組の登場により警戒はピークに達し、その状況にイラついていたため、悠介は少し強めの口調で勧誘を断った。
すると「君、友達少ないでしょ?」と捨て台詞を吐いたのち、2人組は去っていったのである。
友人からは「俺の大切な人からの誘い、なんで断るんだよ?」と言われたのを最後に、以降その友人と会うことは二度となかった。
二度目は22歳の時、マッチングアプリで知り合った女性が「old coat」というMLMの会員(主にスキンケア商品を取り扱う)だった時の話。
初対面の食事中に「会わせたい人がいる」といい、カフェに付いていくと青いスーツにスカーフをまとった怪しさ満点の男が煙草を燻らせながら座っていた。
挨拶もそこそこに、おもむろにパソコンを開いた男はその場で商品のプレゼンを開始した。more load事変の一件に加え、怪しげな男がパワーポイントを用いて眉唾なプレゼンを行うこの状況。
この上なく適当な相槌を打ちながら乗り切った後、もちろんカフェを出た直後にその女性とは解散したのである。
(...眉唾なプレゼンも、怪しげな第三者も登場しない、商品も何もない...。一瞬、心のアラートが鳴りかけたけど、シンプルにこれは人生で最初で最後の、成功するチャンスかもしれない。一応もう少し話を聞いてみよう。それで違ったなら引き返せばいい。)
「その卓さんていう方はどんな方なんですか?」
「本当に、普っっ通〜の方です!格好は無地の白Tシャツにハーフパンツを履いてることが多くて、毎回お会いする度にラフだな〜って思ってます(笑)成功している経営者の人って、案外そこら辺にいる普通の方々と全く見分けつかないですよ。」
「へぇ〜!無地の白Tシャツとハーフパンツの経営者、カッコいいですね。」
マホの軽快な口調に少し警戒心が薄れかけたが、完全に消え去るわけではなかった。
だが、目の前の変わり映えのない現実に辟易し、「何者」かになりたかった悠介は、その不安を押し殺し、この機会に一抹の望みをかけて経営者との面会を依頼することにした。
「一度お会いしてみたいです!お願いします!」
「了解!本当に多忙な方なので、すぐお返事できるかわからないけど、調整依頼してみますね!」
1週間後、勤務中の悠介のもとにLINEの通知が届いた。
<卓さんの件、奇跡的に時間割いてもらえることになりました〜泣 30分だけなんですけど、21日の18:00〜、最初は品川で私と待ち合わせです。スケジュールどうですか!?>
(おぉ、本当に調整してくれたんだ。それにしても本当に忙しい人なんだな。さすがに少し緊張するなぁ...)
<調整ありがとうございます!スケジュール問題ありませんので、お願いします!>
<お、了解!卓さんに連絡しておきますね♪>
こうして、経営者との面会まで漕ぎ着けた悠介は、ゆっくりと、しかし確実に湧き上がる未来への希望に胸を躍らせていた。