第2章:優しい使徒(2-1)
2-1 クワドラント
英語レッスン当日、悠介は指定されたファミレスへと一足早く到着した。夕飯時には少し早い店内は、外の喧騒とは対照的に、淡い夕陽が窓越しに差し込み穏やかな空気に包まれていた。
席につきながら、彼は胸の奥で微かに高鳴る鼓動を感じた。
「待たせちゃったね!ごめんなさい!」
マホがドアを勢いよく開け、笑顔とともに軽やかに駆け寄ってきた。その仕草に、悠介は少しだけ緊張がほぐれた。
「そもそも、なんで英語を上達させたいのか聞いても良いですか?」
コーヒーを2杯注文した後、マホが切り出した。
「転職を考えていて、武器の1つにしたいなぁと」
「なるほど。私は何度か転職しているからそれも相談乗れますよ!」
「本当ですか?それは心強いなあ。」
そんなやり取りを経つつ、英語の弱点や学習方法について話し込むうちに、気づけばあっという間に1時間が経過していた。
「と言うわけで、まずは2ヶ月後に700点を目指しましょう!」
「僕でもいけますかね?」
「悠介さんの弱点が把握できたので、繰り返し問題を解いていけば行けます♪」
マホのエネルギッシュな振る舞いに、悠介は安心感を覚えたのと同時に、成功への糸口が垣間見えた気がした。
翌日以降、悠介は通勤の電車の中や、勤務の合間を縫って問題集を進める日々を送っていた。
英語の問題に行き詰まるたび、その箇所の写真をLINEでマホに送ると、その日のうちに的確なアドバイスとともに添削が返ってくる。
(こんなに丁寧な英語の先生に巡り会えるなんて...!)
悠介はマホの存在が、自分の指標になっていることを実感していた。
(これは天啓だ...。俺はついてるぞ。そうだ、転職のことも相談してみよう...!)
<転職のこと、次のレッスンの時にご相談したいです!>
<おお、ついに本気出しますか?(笑)OKです!>
こうして悠介は、隙間を見つけてはレッスンを受けつつ、今後のキャリアについても相談に乗ってもらっていた。
4回目のレッスンの日、レッスンの後にマホよりオススメの本を紹介された。マホが見せてくれたスマホには「4クワドラント」というタイトルの本が映し出されていた。
「へぇ〜面白そうですね!ありがとうございます!」
「私、1年前まで普通のOLだったんですよ。このクワドラントの本に出会うまでは、何も考えずに仕事してました。」
「それが今やフリーランスで、色々な活動をされているなんてすごいですね。」
「でも、正直言うと最初、怖かったんです。挑戦するのが。でも、怖がって何もしないのが一番のリスクなんですよね。」
(何もしないのが一番のリスク...。間違いないよなあ。)
レッスンの帰路、早速悠介は教えてもらった本を最寄りの書店で購入し、躍る気持ちを胸に読み進めていった。
その本には、4種類のお金の稼ぎ方について書かれており、それらは必ずE・B・S・Iの頭文字で略される4象限(Employee-従業員)・(Self Employee-自営業)【左限】/(Business owner-ビジネスオーナー)・(Investor-投資家)/【右限】に分類され、EとSのある左限から、BとIがある右限に移行しない限りは、富を気付くことができないということが記されていた。
しかし、本には「どうしたら移行できるか」については触れられておらず、これまで怠惰な人生を送ってきた悠介にとっては、右限への行き方など毛頭思いつかなった。
<マホさん、今さっき本を読み終わりました!>
<どうでしたか??>
<左限から右限にいかなければいけないってことは分かったんですけど、今から僕に出来ることはなんだろうと思ったのが率直な感想でした!>
<4つのクワドラントを見て、右側に行きたいなって思いましたか??>
<思いました!>
<それが大事だと思います!また次に会った時に話しましょ~~!私もあの本読んで右側に行きたいなって思って今頑張ってるので!!!>
後日、いつものファミレスでレッスンを行った後、悠介とマホは4つのクワドラントについて話していた。
「私は1年前にあのクワドラントのことを知ってから、右側に行くために毎日頑張っていて、ある経営者の方に色々教わってるんです。卓さんていう方なんですけど、4店舗経営されてます。」
「そんな先生が居るなんて羨ましいですね。でもお忙しいんじゃないですか?」
「かなり多忙な方です...! でもここ1ヶ月、私が悠介さんの素直さとか、すぐ行動したりする実直さを目の当たりにして、一度会って欲しいなって思ったんです。」
(「会って欲しい」...?悠介は過去に、この言葉から始まった眉唾な体験をしたことを思い出した。しかし今は、その時の状況とは明らかに何かが違うし、今のところマホからは、”彼ら”が持つ独特の空気感が感じられない...。)
実は、悠介にはMLMと呼ばれる、所謂ネットワークビジネス(連鎖販売取引)の勧誘を受け、それを回避した経験が「2度」あったのだ。