第1章:漠然とした渇望(1-2)
1-2 出会いと期待
次に案内された席には2人の女性が座っており、悠介達の後ろからもう一人、小柄な女性が飲み物を手に席に戻ってきた。
「こんばんは-!!せっかくなので男女交互に座りますか?」
女性たちが元気に挨拶し、一人の女性が座り方を提案してくれた。
「そうしましょうか!」
悠介達は促されるままに女性たちの間に着席した。
「今日はどこからきたんですかー?」
既に明日の仕事の事を考え、虚無モードに入っていた悠介は、左側からの声かけに慌てて我に返った。
左側を向くと、先ほどの小柄な女性がこちらをみていた。淡い水色のジーンズにチェック柄のシャツを着ており、黒髪ショートにイヤリングを光らせている。
小柄な体躯からは想像できない芯の強さが彼女の声から感じられ、きりっとした表情に隠しきれない知性が漂い、彼女の笑顔にはどこか魅力的な余裕があった。
悠介はなぜか一瞬で心を掴まれたが、それは”恋愛のそれ”とは全く異なる感覚だった。
「あ、僕は横浜から来てます。」
「シティボーイだ。おいくつですか?」
「いやいや、横浜って言っても田舎の方で...年齢は今年で24になります。」
「え、同い年。奇遇!」
「おお、ほんとですねハハハ...。」
そう言いながら、悠介は店員が運んできたばかりのハイボールをぐいっとあおった。
「改めましてマホって言います。元は社長秘書で、今はイベントを運営してます。」
(し、社長秘書...イベント運営...。)
これまで必死に靴だけを売ってきた悠介から見て、彼女は何やらすごい経験を積んできたのだということだけはわかった。
「先月は”100人グルメツアー”っていうのを企画したんですけど、普段は英会話のグループレッスンなどやってるので、興味があればぜひ。因みに次回は11日に品川でやる予定です♪」
「なんと!僕今TOEIC勉強中なんですよ!」
悠介はこれまで、勉学に対する努力というものからはできるだけ避けるように生きてきたが、唯一英語に対してだけは昔から興味を持っており、実は直近でも転職の武器になればとTOEICの勉強に取り組んでいた。
「因みに私はTOEIC910点持ってますよ〜。」
そう言いながらマホが得意げに微笑んだ。悠介は、その言葉に何か背中を押されるような感覚を覚えた。
「多才なんですねぇ。あの、連絡先聞いて良いですか?」
自分と同い年なのに、一歩先を歩んでいるような彼女に教われば、もしかしたら今の停滞感も打破できるかもしれない――そんな根拠のない期待が、胸の奥で膨らんでいく。
悠介がポケットからスマホを取り出し、画面を見ると西条から<後少ししたらもう出るぞ>とLINEの通知が届いていた為、マホと連絡先を交換し終えると(了解)と西条の方を見て小さく頷いた。
店を後にした悠介たちは、反省会もほどほどに、また飲みに行く約束をしてこの日は切り上げることにした。
悠介は、数年前に父を病気で亡くしてから、母親と二人三脚で日々をこなしていた。
帰宅後夕飯を平らげ、少し早めに入浴を済ませた悠介は、いつも通りベッドに横になりながらスマホを手に取ると、マホからLINEの通知がきていた。
<マホ♪>
<11日@品川>
<今日はどうも。11日が英会話でしたっけ?>
<そうです♪>
<何人くらい来るんですか?>
<3〜4人くらいです!>
<TOEICの対策とかも教えてるんですか?>
<TOEICも希望があれば教えられますよ!>
(...これは神の啓示か...?)
<お姉さん。僕はあなたについていきます。>
<素直だなwそれならグループレッスンとは別にした方がいいかもですね!>
<ずっと先生を探していました笑 もしTOEIC教えてもらうとしたらいかほど?>
<ずっと探してたのか笑 1時間3,500円で教えてます♪>
(...意外と良心的な価格だなぁ。)
<この上ない自己投資だ!申し込みます!>
<あ、お試しがですよ★>
(...ん?...)
<お試し価格3,500円/1h、本登録後6,000円/1h>です♪
(...え?なんで初めから言わないんだ?ずるくない...?)
悠介はネットで費用相場を検索してみることにした。
(一般的な個人英会話のレッスン料はと、、、ふむふむ、、なるほど、結構かかるもんなんだな。まあきっとこれも何かの縁だし、とりあえず行動してみるか。)
<ぜひお願いします!>
<了解!場所は品川か田町だと嬉しいな〜>
こうして悠介はマホとの英語レッスンを取り付けることとなった。