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一般人  作者: かねぴ
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第5章:不条理(5-2)

5-2 カラクリと崩壊


「ローマ、これからは毎月15万円分、僕のお店で買い物をしてください。」


ある日、卓に呼び出された悠介は、組織の隠されたカラクリに触れることとなる。


「この組織の規模は5,000人を超え、その収益構造はすべて会員たちの"自己投資"によって成り立っています。毎月、師匠の経営する店舗で15万円分の商品を購入しながら、勧誘を継続してください。」


(毎月15万円...)


卓の言葉を聞いた瞬間、悠介は息を呑んだ。これまでは言われたことを盲信してきたが、さすがに「毎月」というサイクルには目を見張った。


だが、卓の冷静な説明が続くうちに、心のどこかで感じていた違和感は徐々に押しつぶされ、「これが自己投資なんだ」と自分に言い聞かせてしまっていた。


「なぜ15万円分もの買い物が必要なのかわかりますか?」


卓は悠介に語りかけた。


「起業家は自分の扱う商品に精通していないといけない。だからこそ、実際に購入して消費者目線で商品を理解する必要があるのです。」


表面上の説明はこうだったが、悠介が後に知ることになる組織の本質はもっと異なるものであった。


会員たちは「自己投資」という名のもとに、師匠の店で15万円分の商品を購入し、イベントを開催し、さらには「恩返し」と称して買い物を続けた。


悠介たちはこれを”自分のための投資”だと信じ込まされていた。

しかし実態は、上層部への「上納金」そのものだったのだ。


店長として無給で働く会員もおり、卓の店(雑貨店)に居た”シェリー”と名乗っていた女性もその一人だった。


さらに、悠介が最初に企画したメキシコ料理店でのイベントも、実は組織が経営する店舗だったのだ。マホがさりげなくその店を提案したのも、売上の一部が上層部の利益になるためだった。


こうして、組織は会員を勧誘するたびに「自己投資」として彼らから搾取し、そのお金はピラミッドの上層部に吸い上げられていく。


いくら格安セミナー(悠介がユカリンと出会った時のセミナー)や豪華な全体会議を開いても、弟子たちが次々に仲間を集めて「自己投資」を始める限り、上層部は際限なく利益を得られる仕組みだった。


悠介は15万円を捻出するために複数のアルバイトを掛け持ちし、限界を超える生活を送っていた。


「15万円も確保できないようでは、起業も脱サラも無理ですよ。」


卓の優しい口調に隠された厳しい言葉が、悠介をさらに追い込んだ。


結果、睡眠時間はほとんど削られ、食事はプロテインやエナジードリンクで済ませる日々。

栄養不足で体調を崩しながらも、「ここで諦めたら終わりだ」と自分に言い聞かせていた。


会員の中には、昼は会社員、夜はキャバクラで働き、借金に追われる人もいた。

「リスクを取らないことが一番のリスク」と

教え込まれた彼らは、無理をしてでも自己投資を継続した。


「プラチナ会員に昇格すれば、仲間の買い物の8%がローマのもとに還元される。」


卓の言葉に、悠介はこのシステムこそが成功への最短ルートだと信じ込んでいた。しかし、現実は彼にさらなる重荷を背負わせた。


セミナーでは「欠席すると努力が無駄になる」と教え込まれ、結婚式や葬式までもキャンセルする会員がいた。悠介も例外ではなかった。


次第に友人や同僚との関係は疎遠になり、唯一のつながりは同じ組織に属する仲間たちだけとなっていった。


「ここが俺の居場所だ。」


そう信じる以外に救いはない状況の中、ふとスマホのカメラロールを見ると、西条や幸次郎たちと撮ったツーリングの写真が写し出された。


「あの日、こんなに楽しかったのに、俺は全部捨てたんだな…。」


そう呟いた悠介の目からは、既に光が消えていた。


その夜、雨の中、限界に達した悠介は街をさまよっていた。消費者金融からの借金も限度額に達し、「これ以上何をすればいいんだ...。」と頭の中で思考が渦巻いていた。


ふと目に入ったのは、レジで現金を出す若い妊婦の姿。彼女が店を出た瞬間、悠介の足は彼女の後を追っていた。


小雨がアスファルトを叩く音が、彼の耳には爆音のように響いた。街灯の光に照らされた妊婦の背中が徐々に近づいてくる。


胸の鼓動が早くなり、呼吸が浅くなる。

手に汗が滲み、意識とは裏腹に足だけが前に進んでしまう。


(いける。誰も見てない。)


その言葉が何度も頭の中でリフレインしていた。しかし、その裏でかすかな声が「やめろ、こんなことはするな」と叫んでいるのも、はっきりと聞こえていた。


(あの現金さえあれば…)


思考が混乱し、理性が崩壊する中、路地裏で彼女に手を伸ばした瞬間——


「宮島さん!やめろ!」


背後から怒声が響き、驚いた悠介は振り返ると、そこには雨に濡れた龍成が立っていた。


「アンタ、何やってんだよ!」


龍成が悠介の腕を引っ張り、もみ合いになった瞬間、地面に転がり落ちたトカゲのボールペンが目に入った。それは、悠介が龍成に渡したものだった。


その瞬間、悠介は全身が石化したかのように動けなくなり、涙が溢れた。


「俺...は...。ぐっ...。」


声にならない言葉が漏れた。龍成は悠介の肩を掴み、強い目で言った。


「アンタ、本当にあの宮島さんか?俺たち、こんなことをするために生きてきたんじゃないだろ!」


龍成の声が、悠介の耳に強烈に突き刺さった。その瞬間、昔の記憶が次々とフラッシュバックした。


高校時代に授業をフケて、村井や伊達と原付で江の島まで行ったこと。


ガラガラの店内で、龍成と一緒にふざけ合っていたらエリアマネージャーに見つかり、一緒にこっぴどく怒られたこと。


悠介の帰りが遅くなっても、母親が夕飯を作って待ってくれていたこと。


——すべてが脳裏に駆け巡った。


(俺は...俺は一体何をしているんだ...?)


悠介は、崩れるようにその場に座り込み、声にならない叫びをあげた。


涙は止まることなく、雨と混じって地面に落ちていった。

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