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一般人  作者: かねぴ
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第4章:盲信(4-3)

4-3 決別


(やっと貯まった…)


アルバイトを複数掛け持ちしながらイベントを開催し続けた甲斐もあり、4月に入るのとほぼ同時に目標の60万円に到達した。


(無事に土日休みの会社に転職が決まって、6月から新しい仕事開始…何もかも順調だ。早速、卓さんに報告しなければ...。)


悠介はすぐにマホにLINEで卓との面談を調整するよう依頼した。


<ローマー!ついに最初の目標到達ですね!!私、ちょっとうるっときてます笑>

<これもバニーのおかげです!早く次のステージに進むのが楽しみです!>


マホはすぐに卓へ連絡を取り、2日後には卓の自宅を訪問することが決まった。


卓の自宅に向かう途中、悠介のスマホに通知が届いた。それは黙って消えた悠介に怒りを抱えていた龍成からのLINEだった。


画面を見た悠介は一瞬胸の奥で何かが蠢くのを感じたが、既読も付けずにそのまま卓の家へ向かって歩み続けた。



西陽が差し込む29階の卓の部屋で、悠介はマホに見守られながら目標達成を報告した。


「ローマなら必ずやり遂げると信じていました。」


卓は柔らかながらも確固たる口調でそう告げた。


「いよいよ"環境"を整えるタイミングです。知人のつてで不動産を紹介しますので、気に入った物件が見つかれば引っ越してください。ローマは転職が決まったばかりですね?しばらくは資金繰りも大変でしょうから、シェアハウスも選択肢に入れるといいでしょう。」


「いよいよ本格始動ですね。」

「無事に引っ越しが完了したら、5月に大阪で開催される、僕の”師匠”、ローマたちから見れば”大師匠”の勉強会にみんなで参加しましょう。」


達成感に浸る悠介の胸には、新たなステージに導かれる期待と興奮が溢れていた。しかしそれは、同時に自分で考えることを徐々に放棄していくような感覚も伴っていた。


そして、気のせいだろうか。マホが心なしか一瞬、物憂げな表情をしているように見えたのは。




一方その頃...


悠介の母、麗子は最近の息子の変化に心配と疑念を抱いていた。


以前は怠惰でゲームばかりしていた悠介が、自室で何かに取り組む時間が増え、やけに忙しそうにしている。


ある日、出勤した悠介を見送った後、麗子は不安に耐えかねて彼の机の上にあったクリアファイルを開いた。


そこには、「期限」という見出しで3月から5月までの計画がびっしりと書き込まれていた。


《3月スタート/まずは10万確保》

   ・

   ・

《4月ミッション/転職・引っ越し完了》

  ・

   ・

《5月下旬/卓さんのお師匠さんの勉強会》

 

("卓"って誰なの…?)


ページをめくっていくと、見覚えのない名前や目標金額のリスト、そして次の項目に目が留まった。

  

《呼べる人をリストアップ》

   ・   

  ・


(...!!!)


《緊急脱出プラン:計画が頓挫した場合..,》


その言葉に戦慄した麗子はページをめくる手を止めた。


(緊急脱出って…何よ?頓挫したら何が起こるの?悠介、一体何に囚われているの…?)


その夜、悠介が帰宅すると、麗子は食事の後に問い詰めた。


「ねえ、卓さんって誰なの?何をしている人?」

「はぁ?なんでいきなりそんなこと聞くのさ。起業のことを教えてくれてる師匠だよ。」


悠介は素っ気なく答えた。詳細は答えられなかった。なぜなら、自分でも卓やマホが何をして生計を立てているのか知らなかったからだ。


「あ、それと俺、引っ越すから。」

「……。ねえ、このA4用紙に書いてある"緊急脱出プラン"って何?」

「それ?目標達成が間に合わないときにどうやってお金を作るか考えてただけ。でももう60万は貯まったから平気。」


悠介は説明しながらも、心のどこかで胸騒ぎを覚えていたが、その感覚を無理やりかき消した。


「俺は普通の人生を歩みたくないんだ。ビジネスオーナーになって豊かになれば、みんな幸せになれる。お金はあった方がいいに決まってるでしょ。」


今の悠介にとって、目の前にいる母親は"ドリームキラー"そのものだった。


「母さんは何をそんなに必死になってるの?」


悠介のまるで危機感のない返答に、麗子は涙を浮かべながらも強い口調で言い放った。


「大切な息子を守りたいだけだよ!ただ、無事で普通に生きてくれればそれでいいの!」


悠介は母親の必死な叫びに胸がズキリと痛んだが、すぐに目をそらした。


「もう決めたことだから。」

「...。」


悠介は立ち上がり、母親から目をそらした。胸の奥底にわだかまる微かな”違和感”を感じながらも、悠介の歪んだ思考はその”違和感”すら黙らせるように即座に蹂躙してしまった。


悠介の”心”が必死に掻き鳴らしている最後の警鐘を押し殺すように。



4月下旬、麗子の静止も届かず、悠介は宣言通り家を出ていってしまった。机とベッドだけが残された部屋で、麗子は静かに涙を流しながら佇んでいた。


(もう私にできることは何もないの…?)


ふと机の上に2冊の本が置かれているのに気づく。


《年収9,000万円になる人の考え方》

《とにかく”ご縁”でどでかく生きろ》


「…。」


麗子は本を手に取り、ショッピングサイトで本のタイトルを検索をしたが、読者のレビューを見て愕然とした。


そこには


「この本自体は素晴らしい本なのですが、ネットワークビジネスの勧誘に利用されまくっている。作者もいい迷惑です。」


「”ミルクセーキ・バー”に連れ込まれたら終わりです。あそこはマルチの巣窟と化しています。」


などといったコメントが書かれていた。


麗子は、止められなかった後悔とともに、既に出ていってしまった最愛の息子の無事を、ただ祈ることしかできなかった。

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