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令嬢シリーズ

冷淡令嬢の別れ方

作者: 無色

「今日も美しいなソフィア。その太陽の如き美貌でおれの瞳は焼き焦がされてしまいそうだ。いや、最後に焼き付く光景がお前なら悪くはない」

「お褒めに預かり光栄ですわ……アルトリア殿下……」

「ああなんてことだ……お前の声はまるで天使の福音じゃないか。耳が孕んでしまうかと思ったぞ。婚姻前に既成事実を作ろうなどと、いけない女だ」


 アルトリア殿下は私の前に跪き指輪を差し出した。


「愛しているソフィア。おれの婚約を受け入れてくれ」


 はあ、困った。

 マジで困りましたわ。


「おれは本気だ」


 知ってますわ。

 だってこのプロポーズ子どものときから数えて五千回を超えてますもの。

 アルトリア殿下は言わずとしれた王子様。

 王位継承権の第一位で、王国一の剣の使い手。

 傾国と称されるほどの怪しげな美貌と色香は、男性でありながら老若男女問わず魅了してしまうほど。

 そんな方に求婚されれば、その辺のご令嬢なら感動で失禁した挙句に心臓発作で倒れること間違いないでしょう。

 アルトリア殿下の愛を一身に向けられる私は、他の方々の目にはおよそ世界一の幸せ者に映っていることでしょうけれど。

 だが私は知っている。

 この王子……とにかくアホなんですわ……


「お前のために買い占めた鉱山から削り出したダイヤモンドだ」

「でっか」


 頭脳明晰なくせにとにかく……とにかくアホ。

 売り物の指輪では私に相応しくないとかアホなことを言って自分でダイヤモンドを掘りに行くようなアホ。

 あとダイヤモンドのサイズが頭蓋骨サイズなのもアホ。

 指の骨折れますわ。


「けほっ……。殿下……何度も言いますがそこまでしていただかなくとも。そんな高価なものもの受け取れませんわ」


 自分で掘って磨いた宝石とか呪われそうですし。

 というか私べつにアクセサリーに興味ありませんし。


「そうか、そうだな。やはりお前にはこのような粗末な指輪は似合わない。騎士団長」

「はっ!」

「この指輪がソフィアの顔を曇らせた。こんな宝石が採れる鉱脈など更地に変えろ」

「御意!」

「御意じゃありませんわ」


 こんなアホでも民や臣下からの信頼の厚いこと。

 だから私のお父様やお母様も殿下を気に入っていて、それで縁談を断れずにいるのですが。


「何度も言いますが私は婚約する気はありません。どうぞお引き取りを」

「そうだな……婚約という過程を飛ばした熱烈な愛もいいな」

「目も耳も五感全てがアホ。まったくアホすぎて気がめいりますわ」

「騎士団長!! 今すぐ国中の劇団を呼べ!! 世界の歌姫とかいう、あの……あれ、名前は忘れたがそいつもだ!! ソフィアが顔を曇らせるなど国の損失だ!! 命に代えてもソフィアを笑わせろ!!」

「御意!」

「御意じゃありませんわ」


 笑えというならあなたの滑稽さは抱腹ものですが。

 





「ソフィア、前にテディベアが欲しいと言っていただろう。だから持ってきたぞ」

「誰がリアルな熊を狩ってこいと」


 来る日も。


「ソフィア、新婚旅行はどこへ行こうか」

「する気が無いのでどこへも何もありませんわ。……まあ、強いて言うなら海とか」

「そういうと思って作ったぞ。海」

「私の庭が」


 来る日も。


「ソフィア、今日は本を読み聞かせてやろう。タイトルは『王子と令嬢の恋は燃え盛る〜愛しきソフィアにおれの愛を捧げる〜』だ。おれが書いた」

「駄作臭がすごいですわ」

「すでに大ヒットして劇の世界公演も決まった」

「こほっ、肖像権って知ってます?」


 殿下は私のもとにやって来て求婚した。

 応える気などさらさら無いのに。

 毎日毎日飽きもせず。


「ソフィア」

「いい加減しつこいですわ殿下」

「お前を愛しているのだから仕方ない」

「さっさと諦めればいいものを。私よりもステキな女性は世の中にいくらでも」

「いない。お前が世界で一番好きだ」

「……本当に、うんざりですわ。……ゴホッ!」

「ソフィア!!」


 ああ、本当に愚かでアホな人。

 



 


 生まれつき身体が弱かったわけではない。

 ただ不治の病に罹ったのが私だったというだけの話だ。

 身体は痩せ細り、髪は抜け落ち、肌は枯れて土の色。

 私はすでに女ではなく、着実に死に向かうだけの何かだった。

 それなのに。


「ソフィア」


 このアホは私の名前を呼び続ける。

 自分で動かすこともままならない手を握って。


「おれと婚約してくれ」

「本当にあなたという方は」


 情けをかけてくれているのだろう。

 元をたどれば親同士の付き合いがあったというだけ。

 むしろここまでよく相手をしてくれた。


「一応感謝しておきます。こんな死にかけが、一端の令嬢らしくいられたのはあなたがいてくれたからです」


 せめて最後くらい。


「殿下、私と離縁してください。私のことなど忘れて幸せになっ――――――――」


 抱き締められた。

 熱い。力が強い。身体が折れてしまいそう。


「おれは無力だ。好きな女一人生かせない」

「……もう充分生きました」

「お前がいない世界でなど幸せになれるものか。お前がいるだけでいい。お前だけが」

「もったいないお言葉ですわ。ですが」

「離れてなどやるものか。たとえお前が死んでも、いつか必ず会いに行く。時を超えようと、世界が変わろうと、必ずお前を見つける。何度でもお前を愛すると誓おう。だから……待っていろ」


 私は笑った。

 それから泣いた。


「本当に……殿下はアホですわ」


 叶うならもう一度と。

 願っていいのなら、次こそはと。

 私は殿下の腕の中で目を閉じた。

















「…………」

「悪い。遅れた」

「遅いですわ。もう」

「すまない」

「……こんなに待たせるなんて、やっぱり離縁した方が良かったかもしれませんわ」

「させるものか。言っただろう、何度でもお前を愛すると」

「じゃあ……また手を握ってくださいますか?」

「当たり前だ。そうだ、海に行こうか。お前のためにプライベートビーチを買ったんだ。いや海辺に屋敷を建てた方がいいな。あとペットも迎えよう。大きな熊がいい。お前が寂しくないように」

「アホすぎて離縁したいですわ。フフッ」

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