桜の木の幽霊
三つ年下の妹だった。
生まれた頃より病弱で小学生になる前に死んだ。
あの子の世界は白ばかりだった。
その寿命は薄明のように朧だった。
自我の芽生えと共に自らの運命を知り、知識がない故にそれを無邪気に受け入れた。
あの子にとって唯一の楽しみは病院の中庭に生えている桜の木だった。
春の桜色を見てはしゃぎ、夏に移り変わり最中に色が落ちていくのを見て泣いた。
けれど、夏の日差しを受けて生を取り戻したかのような青々とした緑に目を奪われ、それらが静かに黄色に変わるのを見てまた喜ぶ。
そして、葉が全部散ってしまったことに泣いていたが私や両親の励ましの言葉に涙を止める。
「また、あの綺麗な桜色になるの?」
「そうだよ。だから楽しみにしてて」
「うん、分かった」
結局、彼女は新たな桜を見ることはなかった。
その前に寿命に追いつかれたから。
私は泣いたし、両親も泣いた。
お医者さんも、看護師さんも泣いていた。
そのくせ、棺の中の妹は穏やかな顔のまま黄泉へ旅立った。
「ねぇ、桜の木の前にあの子が居るよ」
病院を離れる時、私は嘘をついた。
私は何も見えていなかったし、その言葉を聞いた両親もお医者さんも看護師さんも何も見えていなかった。
それなのに皆が口を揃えて言ってくれた。
「うん。バイバイって手を振ってるね」
皆、嘘だってわかっていた。
けれど、その嘘を皆が本当にしてくれた。
それだけが嬉しかった。
それだけが私にとっての救いである気がした。
長く。
とても、長い月日が経って私は子を宿してこの病院へ戻ってきた。
病室の窓からはあの桜の木が見えて、私はかつて口にした自分の嘘を思い出していると若い看護師さんが口にした。
「あの桜の木にはね。幽霊が居るんです」
「幽霊?」
「そう。とても優しい女の子で、患者さんたちに頑張れって言ってくれるんですよ」
私は一時、躊躇って。
結局、何も言わないままに微笑んで頷いた。
「それはとても心強いです」
桜の木が風に揺れて心地良い音を立てて世界を包んだ。
病院の職員が語り、それに患者が勇気づけられる。
誰も見たことがない幽霊は今日もまた病院に来る患者たちを勇気づけている。