表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

桜の木の幽霊

作者: 小雨川蛙

 

 三つ年下の妹だった。

 生まれた頃より病弱で小学生になる前に死んだ。


 あの子の世界は白ばかりだった。

 その寿命は薄明のように朧だった。


 自我の芽生えと共に自らの運命を知り、知識がない故にそれを無邪気に受け入れた。

 あの子にとって唯一の楽しみは病院の中庭に生えている桜の木だった。


 春の桜色を見てはしゃぎ、夏に移り変わり最中に色が落ちていくのを見て泣いた。

 けれど、夏の日差しを受けて生を取り戻したかのような青々とした緑に目を奪われ、それらが静かに黄色に変わるのを見てまた喜ぶ。

 そして、葉が全部散ってしまったことに泣いていたが私や両親の励ましの言葉に涙を止める。


「また、あの綺麗な桜色になるの?」


「そうだよ。だから楽しみにしてて」


「うん、分かった」


 結局、彼女は新たな桜を見ることはなかった。

 その前に寿命に追いつかれたから。


 私は泣いたし、両親も泣いた。

 お医者さんも、看護師さんも泣いていた。

 そのくせ、棺の中の妹は穏やかな顔のまま黄泉へ旅立った。


「ねぇ、桜の木の前にあの子が居るよ」


 病院を離れる時、私は嘘をついた。

 私は何も見えていなかったし、その言葉を聞いた両親もお医者さんも看護師さんも何も見えていなかった。

 それなのに皆が口を揃えて言ってくれた。


「うん。バイバイって手を振ってるね」


 皆、嘘だってわかっていた。

 けれど、その嘘を皆が本当にしてくれた。

 それだけが嬉しかった。

 それだけが私にとっての救いである気がした。


 長く。

 とても、長い月日が経って私は子を宿してこの病院へ戻ってきた。

 病室の窓からはあの桜の木が見えて、私はかつて口にした自分の嘘を思い出していると若い看護師さんが口にした。


「あの桜の木にはね。幽霊が居るんです」


「幽霊?」


「そう。とても優しい女の子で、患者さんたちに頑張れって言ってくれるんですよ」


 私は一時、躊躇って。

 結局、何も言わないままに微笑んで頷いた。


「それはとても心強いです」


 桜の木が風に揺れて心地良い音を立てて世界を包んだ。

 病院の職員が語り、それに患者が勇気づけられる。

 誰も見たことがない幽霊は今日もまた病院に来る患者たちを勇気づけている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なか
2024/10/09 19:22 退会済み
管理
[良い点]  咲かせ散っては積もり温める、木は根に人は心にと、縁を感じて産む季節には幽霊も咲く花に期待しているのでしょうね。  桜の花びらのハートに病院の患者のハートと、実にハートフルなお話でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ