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004.アパートとチート

「電車に乗るかと思ったけど、思ったより近くだったんだな」


 零士たち一行が店を出てからおよそ30分。

 彼らの姿は久保の住んでいたアパートの前へとたどり着いていた。

 中心街から20分、最寄り駅から15分ほど離れた場所ではあるが、スーパーも近くバスも通っていることから出勤通学にはさほど不便のない立地。


 そんな住宅街の片隅にあるアパートを手で影を作りながら見上げる。

 1フロア2部屋で6階建てのコンパクトな建物。汚れなどもあまり目立っていないことから修繕したてか新築といったところだろう。

 閑静な住宅街のど真ん中。部屋番号については道すがら聞いている。601、つまり最上階だ。あとの二択は行けばわかるだろう。


「さて、行くか」

「えっ!?ま、マスター!ちょっと待ってください!」

「……ん?」


 今回の問題を解決するための大きな一歩。

 久保が住んでいたとされるアパートに一歩踏み出したところで声がかかり思わず足を止めた。

 出鼻をくじかれた零士が少し眉間にシワを寄せつつ振り返ると、作戦を思いついた時の自信満々さはどこへやら。おっかなびっくりといった様子で視線を右へ左へ泳がせつつ不安げに辺りを見渡している。


「その、マスター、本当にいいんでしょうか?」

「いいって、なにが?」

「今回の作戦、未来さんの家から手紙を探すのですよね?」

「そうだなぁ。捨てられてないといいけど」


 そう。今回の【幽霊郵便作戦】(来実命名)は、未来の家にあるであろう手紙を探し出すことだ。

 正確には手紙を探し出し、それを想い人に渡すというもの。出せずじまいのラブレターを保管しているであろう自宅。それを見つけ出すのが今回の作戦で最重要となる要素。


 零士や来実が代筆するという案も出たが筆跡の問題、更に未来本人の希望があって最終手段に回した。

 しかし未来の身の上に起きた問題を考えると、既に親族によって部屋が整理されている可能性がある。故に部屋にあるかどうかは賭けなのだ。


「えっと、今冷静に考えたら家主である未来さんは亡くなっているわけで、つまり……その……勝手にお部屋に上がるってことですよね?」

「そうだな。……もし不審に思われて通報されたら逮捕は免れないかもな」

「そんなっ……!!」


 一歩引いていた来実が目を見開いて口を手で覆う。

 今回行うことは端から見れば通報もの。いくら家主が許可していると言っても、それを証明することは物理的に不可能。親族がいたりなんかすればその時点でゲームオーバーだ。

 まさに危険な橋。しかしそんなことは気にする素振りも見せない零士は彼女の様子を一瞥しただけですぐにアパートへと身体を戻す。


「こんな道の真ん中で変な話してるほうが、よっぽど通報される可能性高いかもな。ほら、いくぞ」

「えぇ!?マスター!待ってくださいよぉ!! 家に上がることも大事ですがもっと考えなきゃならない問題があります!お家の鍵はどうするんですか!?」

「………………」


 来実を置いていくように先にアパートへ入ろうとしていた零士だったが、後ろから聞こえてくる言葉にふと足を止めた。

 彼が足を止めて見上げたのはアパートの最上階。そこにある2つの部屋をしばらく眺めつつ、今度は二人の間に立っていた未来に目を向けて言葉を放つ。


「久保さん、鍵ってどこかに隠していたり?」

『あ、はい。実家の習慣で緊急用に郵便受けを二重底にしてその下に……』

「……と、いうわけで久保さん、何とかなりそうだぞ?」

「もしも……もしもその鍵が無かった時は……?」

「無かった時は………・」


 来実の言葉を復唱し、虚空を見つめる。

 そこにはなにもない。ただ隣家の屋根と青空が広がっているだけ。ボーッと何処とも見ていない視線を不安に思って来実が近づくも、すぐに大きなため息が出て近づく足が止まる。

 そして振り返った彼の表情は――――複雑そうな笑顔。


「その時は、チートでも使うよ」

「チート、ですか?それってゲームで聞いたりするあの?」

「似たようなものかな。本当は使いたくない手だけど……。 さ、行くよ」

「えっ!?あ、はいっ!!」


 初めて見る彼の自嘲するような笑みに戸惑った来実だったが、すぐにいつもの表情に戻って建物に入っていく姿を見て慌てて後ろ姿を追っていく。

 現実にチートなんてありえない。ゲームだけのもの。そう頭では分かっている来実だったが、彼の言うことには何かそれとはまた別の、不思議な説得力によって納得し、それ以上の言葉を失うのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



『エレベーターから出て右、そこが私の部屋……でした』

「了解。ごめんね辛い案内させて」

『いえ……』


 アパートに乗り込んで数分。素知らぬ顔でエレベーターに乗り込んだ二人と一人は無事未来の家の前までたどり着いていた。

 インターホンと扉だけが見える至って普通の玄関口。ここから見える範囲には私物らしい私物は無い。


 ずっと零士と来実のあとを付いてきていた未来だったが玄関にたどり着くやいなや何の躊躇いもなく文字通り扉をくぐって中に入り、それを見送った二人はインターホンの下に設置されている郵便受けへ視線を移す。


「未来さんが隠していた鍵の場所は……」

「確か二重底の下、だったな」


 手を伸ばした零士が郵便受けの受け取り口を開けたが一見郵便物の一つもない。空となったタダのステンレス製の郵便受けだ。本人によると亡くなって数日が経ったという。親族の誰かが整理したのかもしれない。

 もちろんそんなことは許容範囲。問題はこの底。二重底になった部分の確認だ。


 来実に受け取り口を開いたまま固定してもらい、零士が顔を覗かせながら底を開けようと試みる。

 カッカッカッ!と、突っ込んだ鍵とステンレスのぶつかる音が何度か聞こえてくる。開けるのにコツなんてものはない。元々緊急時用の忍ばせ物、彼女自身必要になった時は相当苦労して開けていたらしい。開けづらいからこそ防犯的にも意味がある代物なのだとか。

 しかし今回に限っては防犯性能の高さを恨めしく思う。10回を超えて20回。聞こえてくる金属音も段々と感覚が短くなってくる。


 もしかしたら開くことが出来ないかもしれないとさえ思えてくる。辺りを取り巻く空気に焦りが生まれ、手に汗も握るようになってきた頃に、カッ!と心地の良い音がしたかと思えば「よしっ」と短い言葉が響き渡る。


「開きましたか!?」

「あぁ。あとは肝心の鍵を取り出せば…………」


 そおっと、指から落ちないよう慎重に開いていく薄い板。

 日焼けして出来た薄皮を剥がすように慎重な作業。手を滑らせてまた最初からやり直しは勘弁だ。そんな作業もようやく終わりを迎え、板を取り出し二人で中を覗き込む。


「…………ない、ですね」

「あぁ……ないな」


 二重底の下の部分。そこには鍵どころか何も入っていなかった。

 鏡のように反射するほど綺麗な郵便受けの底部分。反射しているからこそわかる。ここにはなにもないと。


 二人して「ハァ……」と出てしまうため息。苦労して出した結果が徒労に終わったのだと肩を落とす。


「まぁ、考えてみれば無いのも当然か」

「えっ?どうしてです?」

「だって実家の習慣って言ってただろ?当然親もアタリはつけていただろうし、回収されたんだろうな」

「そう、ですね……」


 薄々気づいていた回収の可能性。しかしもしかしたらの可能性に一縷の望みを賭けたが現実は非情のようだ。

 辞書内の『徒労』の例文に載るような意味のない作業。そのやるせなさに二人して大きく落胆していると、ふと扉から二人を呼ぶ声とともにヌルっと未来が顔を覗かせる。


『三珠さん!来実ちゃん!お手紙ありました!まだ私物の仕分けは終わってなかったみたいで…………どうされましたか?そんなに黄昏れて』

「あぁ……久保さんか。二重底を見たんだけど鍵がなくってね……」


 元気のない零士の言葉に未来も目を向けると『ウソ……』と小さく呟く。


 手紙はあった。しかし部屋に入るための鍵がない。

 さあこれからどうするか。3人の間に悲壮感が漂い始めようとした頃、ふと来実が「そういえば……」となにかを思い出したかのように口を開く。


「マスター、先程外で言ってませんでしたか? 何かのチート?があるって」

「言ってたけど……。……本当にやらなきゃ駄目?」

「やらないに越したことはないのですが、鍵が無かった以上他に手段なんて……」


 来実が思い出したのは零士が言っていたチートのこと。

 しかし当の本人は眉間にシワを寄せ苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていて彼女も気乗りしないものなんだなと察してみせた。

 それでも他に手段なんて無い。ならば諦めるかと言外に告げる来実に、腕を組んで何度も唸るように悩む零士。

 ここで立ち止まっていても解決しない。リスクが上がるだけ。それを分かっている彼は何度か唸った後、大きく息を吐いて閉められた扉に向き直る。


「分かった。やってみる。……でも失敗したらプランBの直接伝える方針な?」

「……わかりました」


 一回、二回と数度深呼吸した零士は扉のドアノブに手をかけジッと動きを静止させる。

 もしかしたらと思いドアノブを動かしてみたが、当然鍵は閉まっている為開かない。本来なら希望が潰えるはずの状況。

 チートとは力付くで壊す手法かと来実は考えたが、彼はただ一度確認してからはニ度もドアノブを捻ることもなく触れるだけに留め、目を閉じる。


「マスター?」

『三珠さん?』

「…………」


 二人の呼びかけにも応えない彼は黙って扉と向かい合う。


 1分、2分と静止したまま時だけが過ぎていく。

 扉を開けるアクションどころか鍵穴にすら意識を向けない零士。それはまさに"なにもしていない"。

 何をしているのか、何の意味があるか、時間を無駄にしているだけなんじゃないかという不安に二人は襲われただろう。

 一向に行動を見せない彼の姿を見て次第に諦めが勝ったのか『もういい』と未来が声にしようとしたところで、おもむろに扉からガチャッ!となにかが開く音が聞こえてくる。


「…………ふぅ」

「えっ!?」

『この音って……鍵が……!?』

「うん、ちゃんと開けてくれた(・・・)みたいだ。よかった」


 驚きの声に続くように実際に解錠された扉を開いて見せると、ホッとしたような表情を浮かべる。

 手どころか指さえ動かしていなかった。ただ黙って念じていただけ。なのにどうして鍵が開いたのか、来実はあり得ない仮説を幾つか挙げる。


「ま……魔法!?マスター!マスターって魔法とか超能力を使えたんですか!?」

「バカいえ。そんなのあるわけないだろ。俺はタダの人だよ。幽霊が見える程度の、井上と同じ人間」

「でもこれって……!!」

「これはまぁ、一種のズル技だよ。……はぁ」


 鍵が開いて喜ばしいハズなのに嬉しそうな顔を見せない零士。

 そんな表情に疑問を抱いた来実だったが、疑問を口にするよりも早く、肩へ零士の手が乗せられる。


「さ、扉も開いたことだし早いとこ手紙を回収しに行こう」

「そう……ですね。わかりました。人が来る前に急ぎましょ!」


 色々と聞きたいことがあったが今は専決事項がある。ここで深堀りするのはどうだろうという判断に至った来実は頭を切り替えて未来が住んでいた部屋へと目を向ける。

 そこからは家主である未来に案内されながら、滞りなくお目当ての手紙を手にすることに成功するのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] チートね。誰に開けてもらったんでしょうねw でもピッキングと違って、超常現象を使った行為は不能犯として犯罪にはならないんですよね。
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