プロローグ
楽な依頼がある、そんな危険な誘惑を鵜呑みにした事を少し後悔し、「愉快だねぇホント」などと愚痴が出てきた。
荷を載せた馬車が全速力で砂漠を横断する。後を追うように巨大な影が黄砂を巻き上げながら疾走する。弱肉強食のこの世界、強者は久方振りの馳走にありつこうと砂塵の中から洞窟のように大きな口を覗かせる。弱者、この場合は俺達がそれに当たるが、馬の体力と俺達の命が尽きない事を願うばかりだ。
「馬頑張れ気張れ! ゲートに入っちまえばこっちのもんだ!」
ここで脳裏に残念な仮説が生まれる。
ゲートは本来、外界の異分子から町や村を守るために存在する。それがどうだ、砂漠の主よろしくみたいなコイツがゲート目掛けて突進してくるのに、ゲートを開けっ放しにする馬鹿は世界中捜してもいるはずがない。
仮説が正しければ、ゲートに阻まれ、背後の化物に食われるというサンドイッチの構図が完成する。結局は実力行使しか生きる道は残されていないのだと悟る。こんな選択肢しか選べない自分がちょっと憂鬱だ。
「馬見ててくれ」
今回の同業者その1に馬を任せ、荷台の後方に移動する。爆走する強者を見つけるの容易。未だ見せない姿からでも容易く想像がつく巨漢。的にするにはもってこいだ。
「鬼ごっこはもうやめだ。終いにしようや」
周囲は乾燥地、よって自然の力は抜きで加減になる。
体内を廻る血の解放。電気信号を操作。信号を攻撃に変換。全神経を右手に集中。
「弱者の僅かな抵抗だ。ありがたく受け取りやがれ!!」
例えるなら一閃。比べるなら神の戯れ。純粋な殺戮の槍が天より強者を貫く。反応することはできず、気づくことなど尚できず、弱者の一噛みに沈む強者は砂漠の塵へ帰る。
「飯代稼ぐ前に危うく俺が飯になるとこだったぜ」
同業者からの歓喜の叫びに苦笑いで答えながら、再び馬の手綱を握る。前方に見える巨大な門を確認した時、今日も無事に生きていたことを神に感謝した。