25年前の思い出を、上司の目線で物語にしてみた。 ~課長、無茶ぶりに対応して頂きありがとうございました!~
25年前は自分の対応を、良いアイデアだと思っていました。定年間近だった当時の総務課長、思い返すと気の毒だったなと……何度も無茶ぶりされて……
「課長、お客様からのお問い合わせの電話に出てもらえますか?」
隣の部屋の技術課の社員が、ドアを開けるなり思いもかけない依頼をしてきた。
問題児の彼女は、結構な確率で厄介ごとを持ち込む。間が悪い事に、たった一人しかいない僕の部下は所用で銀行に出かけてしまった。自身で対応せざるを得ない。
「僕は総務の課長だよ。技術的な事はわからないよ」
最初は僕への嫌味かと思った。経費削減を掲げ、技術課に備品の購入には理由を述べさせていた僕に、現場の苦労を実感させるために。しかし、彼女の様子を見ると違うようだ。
「それが……今うちの課長を始め課員が全員現場へ出てて、答えられる者がいないんです」
冗談や嫌がらせではなく本当に困っているらしい。
「誰もいないって君がいるじゃないか!?」
技術課の社員が一人留守番として残っているのは、お客様から問い合わせが来た時の為だ。
課長とはいえ総務の僕が、対応しなければいけない理由にはならない。そもそも答える知識もノウハウもない。
「はい、その通りです。私もお客様の質問に答えようとしたんですが……」
「難しい質問だから、君もわからないってことかい?」
口に出してから矛盾に気が付いた。技術畑の彼女にわからない事が、新卒から総務一筋だった僕にわかるわけがない。
「実はお客様が女の子の君には話してもわからない。男の上司を出せと……何度も説明をしようと試みたのですが……」
言われて始めて気が付いた。目の前の人間は一応は若い女性だったと……
いやっ言い訳をさせてもらおう。常に作業服で馬鹿笑いをし、納得できない指示を出す上司に怒鳴り返し、高価な検査機器を買えと総務まで出張ってくる。
そんな彼女を目の前に、世間一般の認識が出来なくなるぐらいは仕方ないのではないか!?
学生時代に接客業のアルバイトをしていたという彼女は、電話応対の時だけは丁寧だ。おそらく今回はそれが裏目に出たのであろう。
若い女性の声だけを聴き、現場を知らない受付の女性が対応していると客は勘違いしたらしい。
状況は把握した!しかし、だからと言って僕にどうしろと!僕には問い合わせに答えられる知識は無いんだって!
「僕にどう答えさせるつもりなんだ!男の上司なら誰でもいいってわけじゃないだろ!」
「大丈夫です!」
彼女は自信満々に断言した。何故か嫌な予感がする。
「電話をスピーカーにします!そしてお客様の質問を聞き、回答を私が紙に書きます。課長はただそれを読んでくれればいいです」
「おいっそれって本当に男の上司なら誰でもいいってことじゃないか!?」
「しょうがないじゃないですか。相手が女なら誰でもダメって言っているんですから」
最終的には押し切られ、彼女の提案をそのまま実行することになった。
質問自体はそれほど難しい内容では無かったらしい。相手の質問を聞き、彼女の書いた回答を読み上げる。それを2、3回繰り返しただけで相手は納得してくれた。
「いやあ、やっぱりエンジニアの方に代わって貰って良かったよ。こちらの質問の意図を汲みあげて貰うには、現場を知ってる人じゃないとね」
と言う電話の相手の言葉を聞いて、一気に脱力してしまったけど。
そんな先週の出来事を、部下からの報告を聞きながら思い返していた。
「技術課からボイスチェンジャーを買って欲しいとふざけた要望書が届きました。当然、却下ですよね!」
いきり立つ部下を宥めるために説明する。
「いいんだよ。僕が購入をすすめたんだ。それは必需品だよ」
想定外の僕の答えに、彼は混乱していた。
「……声を変える機器が、どうして必需品なんですか?」
困惑する部下に言った。
「僕や君みたいな男性が、声だけを利用されないためだよ」
まだ若い彼は『この上司は何を考えているんだ』と言いたげな表情を浮かべていた。
Amazonでボイスチェンジャーなるものが格安で販売されているのを発見!当時、これがあればなと悔しさを込めて書きました。
現在は電話対応で男性に変わってと言われることは減りました。(皆無ではないです)時代が変わり女性のエンジニアへの理解が進んだお陰もあります。しかしそれ以上にコールセンター風から、おばちゃんの図々しい電話対応に変更した作戦が有効でした。(/・ω・)/