【098】パブリックサーヴァント⑥
一
(――――な、なんで私だけ呼び出されたんだろ……)
統一国家ユーエスに公務員として採用されたリュードミラは座学や戦闘訓練を修める日々を送っていた。
しかしながら、ある日突然呼び出され、一人で首都ルエーミュ・サイのある施設を訪れていた。
(も、もしかしてクビ!? なんで!? 食堂の食材つまみ食いしたから!? 目安箱に二十枚ぐらい嘆願書ぶち込んだから!? やばいやばいどうしよう……)
戦闘訓練を行っても問題無いほどに広い空間にて、一人待機を命じられていたリュードミラは、どうして自分が呼び出されたのかを考えながら、焦燥した表情を浮かべていた。
「――――おはようございマス。リュードミラさん」
「おわぁ!? び、びっくりさせないでよ……」
突然、少女の声が広い空間に響き渡った。
リュードミラはいきなり現れた謎の少女に驚きを見せたが、謎の少女は気にする様子を見せずに続けた。
「ところでリュードミラさん。現在時刻は分かっていマスカ?」
「え? 時刻……? 鶏の刻ちょっと過ぎくらい……?」
「現在時刻は鶏の刻を過ぎ、竜の刻に差し掛かろうとしていマス。――――では、リュードミラさんに通達されていた筈の書類には、何時までにここに来るように言われていましたカ?」
謎の少女の声それ自体は平坦なものであったが、どこか問い詰めるような雰囲気を感じさせた。
「鶏の刻、です。はい」
「……遅刻ということになりマスネ。違いマスカ?」
「ち、違わないです……。はい」
「――――では、“規律違反”として報告させて頂きマスネ」
(この娘まじ怖いんですけど!? なになになに!?)
謎の少女は携帯端末のようなものを取り出すと、軽く操作した後すぐに仕舞ってしまった。
リュードミラはそれが何なのか分からなかったが、とりあえず自分にとってあまり良いことではないことぐらいは理解出来た。
「ち、遅刻してすみません、でした」
「……そうデスネ。貴女が当初の予定を遅延させることによって、私は貴重な時間を浪費シマシタ」
「うぐ……っ」
「これらによって私にも計画上の遅延が生まれ、私と関係のあるより多くの人々の損害に繋がっていくことデショウネ」
「ひい……っ」
「これらの損失を具体的な金額に表したら、一体どれ程になるのでしょうカ? そして、この責任は全てリュードミラさんにあると考えるのが妥当ではないかと私は考えマス」
「す、すみませんでしたぁ!」
謎の少女の主張に、リュードミラは大声で謝罪の言葉を口にした。
「――――では罰として、私とゲームをしませんカ?」
「げ、ゲーム?」
「……簡単な話デス。私と貴女が戦い、貴女が勝てば遅刻は無かったことにしてあげマス」
「えっとー、私が負けたらどうなるん……、ですか?」
「……キヒ」
(え、なんで今笑ったの。ちょー怖いんですけど!)
「……貴女が差し出せる最後のモノ、とでも言いましょうカ?」
「お、お金ってことですか?」
「財産を差し出し、権利を差し出し、尊厳を差し出し……。それでもなお、残るものが一つくらいあるのではないデスカ?」
「え」
謎の少女――L・ラバー・ラウラリーネットはそう言うと、峰の部分に凹凸が付いた一本のナイフを取り出した。
「……クビ、ってことですかね」
「首を斬られるのが好みデスカ? 奇遇デスネ。私は首を斬るのが比較的好みデス」
「うわあああああ!! 社会的に殺されると思ったら物理的に殺されるううう!!」
リュードミラは叫ぶ声を上げながら、腰に差した短剣を抜いて、L・ラバー・ラウラリーネットから大きく距離を取った。
(どうする!? てかどういう状況!? 統一国家ユーエスがやってることなのか、それともヤバイ集団が私をおびき寄せたのか全然分かんないよ! ガチで殺される? 逆に殺しても大丈夫なのかな……? でも殺して殺人扱いされたら今度こそ詰んじゃうよね……。やべー、どうしよどうしよ)
「……悪くない動きデス」
「ごめん! 誉めるなら見逃してくれない!?」
「相手を称賛した上で潰すというのも中々に楽しいんデスヨネ」
「最低!」
リュードミラは思わず叫んだ。
(でもまあ、流石に同じ短剣使いなら私に分があるよね……。騎士様とか魔術師様とかじゃなければ何とかな――――)
「では、そんな貴女に朗報ヲ。私のことを殺しても、貴女が罪に問われることはありませン。心置きなく抵抗して下サイ」
「……はい?」
「それじゃあ、始めましょうカ」
「ごめん。何言ってるのか全然分かんな――――うぎゃあああああ!!??」
瞬間、短剣が交錯し、火花が飛び散った。
「……この程度は流石に反応出来マスカ」
「は……っ!? ひ……っ!?」
「本気デ。そして殺すつもりデ。今、貴女に課せられた使命は私を殺シ、生き残ることデス」
「ひ、ひい」
L・ラバー・ラウラリーネットは容赦なく、その手に握り締めたナイフを何度も繰り出した。
対するリュードミラは切羽詰まった様子で小さな悲鳴を上げて、何とか短剣を合わせることで攻撃を回避していた。
(つ、強過ぎるんですけど――――っ!? 私が? 接近戦で? 私の得意な間合いで? 負ける――――っ!?)
「邪念を感じマス。まだまだ余裕のようデスネ?」
「無理無理無理です! まじ無理勘弁して下さい!」
「良いデショウ。分かりましタ」
「お……?」
「もう少し速くしましょうカ」
「だよね! 知ってた!」
リュードミラは吐き捨てるようにそう言った。
相棒とも言える短剣を駆使し、何とかL・ラバー・ラウラリーネットの攻撃をさばいていたリュードミラだったが、下から繰り出されたL・ラバー・ラウラリーネットの蹴りをもろに食らうと、そのまま吹き飛ばされてしまった。
「ひい、ひい」
「このままでは死にマスヨ。良いんデスカ?」
「や、やだ……。――――と見せかけて食らいやがれコンチクショー!――<閃光/フラッシュ>!」
蹴られた衝撃によって動けないフリをしていたリュードミラは、L・ラバー・ラウラリーネットが近付いて来るのを見計らって強烈な閃光を放った。
「……」
「ざまあ! これでしばらく目が見えないねえ!? 今どんな気持ち!?」
「私には“ブラインド耐性”がありマスノデ……。――――再開シマス」
「え? 見えてる? もろ食らったのに見えてんの?」
「……」
「うぎゃあ!? 何で見えるのさ!」
普通の人であれば失明してもおかしくないほどの光を至近距離で浴びせられたL・ラバー・ラウラリーネットだったが、その無機質な瞳は正確にリュードミラを捉えていた。
二
(――――私の切り札……。暗器、毒、魔法、騙し討ち……。全部通用しなかった……。マジもんの化け物じゃん……)
「う、うぐ……っ」
「早く立ち上がらないと二発目が飛んできマスヨ。痛い目に遭いたくないのなら、精々抵抗して下サイ」
「もう痛いし抵抗してるんだけど……っ。が――――っ」
「私が楽しんでいると勘違いしているようデスネ」
L・ラバー・ラウラリーネットは容赦なく攻撃を続けながら、淡々とそう言い放った。
「違うの……っ? 武器があるのに殴って蹴って……っ。私のことなんていつでも殺せたんでしょ……っ。ならアンタの趣味以外の何物でもないじゃん……っ!」
「嗜虐趣味に関しては否定しませんガ……。そうデスネ。貴女に抵抗の意思が無いとすれば、無理矢理にでも引き出すしかありませン。――――流石に殺されるとなれば、もう少し頑張れるデショウ?」
L・ラバー・ラウラリーネットの口調には、一切の躊躇いは存在しなかった。
リュードミラは自分が“良い方の人間”ではない自覚があったが、目の前にいる少女と比べれば何倍もマシだと考えていた。
「何が目的なの……っ? 貴女は国の人間なの……っ? 私みたいな一般市民をボコボコにして……っ、一体何の利益になるっていうのかなあ!?」
「死にたくないなら抵抗して下サイ」
そんなリュードミラの真っ当な主張に対しても、L・ラバー・ラウラリーネットは淡々とそう告げた。
そして。
「――――これ以上は見過ごせん。L・ラバー・ラウラリーネット、それが貴様のやり方か?」
一人の少女がリュードミラを守るように、そしてL・ラバー・ラウラリーネットの行く手を阻むように立ち塞がっていた。
「……ローグデリカ様。これは優秀な人材を育成する為の訓練デス」
「何も知らせず、一方的に暴力を振るうことが訓練だと?――――私と貴様の認識の間には、随分なズレがあるようだ。それは貴様が忠誠を誓っている全ての者に胸を張って言えることか?」
一人の少女――ローグデリカは問い詰めるようにそう言い放った。
「……効率を最優先した結果、このような方法を取っただけデス。多少不適切な点があったことは認めマショウ」
「謝罪する相手は私ではあるまい」
「…………リュードミラさん。申し訳ございませんデシタ」
座り込むリュードミラに対し、L・ラバー・ラウラリーネットは若干苛立った様子でそう謝罪した。
「ゆ、許す訳ないだろコノヤロー! 賠償金払え賠償金!」
「……金貨十枚で宜しいデスカ?」
「そんなはした金で――――ごめん。もう一回言って? 良く聞こえなかった」
「金貨十枚デス」
「…………まあ、妥当な金額なんじゃない? 仕方ないなあ。それで手を打とうじゃないか」
「これでよろしいデスカ? ローグデリカ様」
「……本人が納得しているならな」
ローグデリカは変わり身が早いリュードミラの態度にやや複雑な感情を抱きながら、やや不満げにそう言った。
「それで、訓練って言ってたけど……。もしかして貴女って……」
「ハイ。ブレートラート・リュードミラ――貴女の指導役を務めるL・ラバー・ラウラリーネットと言いマス。相応の報酬と待遇を支払っているのデスカラ、統一国家ユーエスを陰で支える工作員として頑張ってもらいマスヨ」
「工作員……? な、なにそれ……」
リュードミラの呟きは広い空間に響き渡って、そのまま消えた。




