【097】パブリックサーヴァント⑤
一
場所は統一国家ユーエス、首都ルエーミュ・サイ。
統一国家ユーエスが執り行っていた採用試験の全日程が終了し、厳しい競争を勝ち抜いた十七名が、旧王城――現ユーエス議会にて正式な承認を受ける予定となっていた。
「ほわわ……っ! ガチのマジで王城じゃん! 生きてて良かったー!」
議会内に設置されている休憩室にて。
採用が決まった合格者達が皆緊張の面持ちで待機する中、リュードミラは喜びを噛み締めるようにそう叫んだ。
(――――よくよく考えてみれば、これは役人というより優秀な兵士を集めた感じだな……。しかしまあ、周りが冷たい視線を向けているのにもかかわらず陽気な奴だ)
合格者の一人――アポロはリュードミラに冷ややかな視線を向けながら、心の中でそう呟いた。
すると間も無く、待機している合格者達の元に腰に剣を差した数人の男女がやって来た。
「――――待たせてしまって悪いな。私は統一国家ユーエス近衛騎士団副団長のミュヘーゼだ。もう知っているとは思うが、君達はこの後ユーエス議会最高指導者であるグラッツェル・フォン・ユリアーナ様より承認を得て、正式に公務員として働くことになる。――――責任ある立場として、それに相応しい態度を心掛けるように」
普段はグラッツェル・フォン・ユリアーナの側近として活動しているミュヘーゼは、ハッキリとした口調でそう言った。
それに対して、気ままに振舞っていたリュードミラは手を上げて口を開いた。
「あ、あのー。質問良いですかー?」
「答えられる範囲内であれば構わないが」
「そのー、私達って具体的にどんな仕事するんですかー? 張り紙には役人ってことぐらいしか書いてなかったと思うんですケドー」
「大半の場合は一律で訓練を受けてから、それぞれの適性に合った仕事が割り振られる予定だが……。詳しい内容は後ほど通達されるだろう」
「ぶっちゃけ、危ない仕事とかやるんですか?」
「……ごほん。詳しい内容は後ほど決まるであろう自分の上司に確認してくれ。私から言えることはこれぐらいだ」
「ひえ……」
お茶を濁すようなミュヘーゼの物言いに、リュードミラは小さな声で悲鳴を上げた。
「もう質問は無いか?――――ならば、私達に付いて来てくれたまえ」
二
「いやー、本物の王女サマから言葉を掛けられちゃうなんてー、私達の時代が来たって感じだね!」
「……」
「いやいやいや、無視しないでよ」
「…………私に話しかけているつもりか?」
「どっからどう見てもそうじゃん! 酷くない!?」
普段から正式な儀式が行われている旧玉座の間にて、公務員としての承認を受けたリュードミラは、同じく承認を受けたアポロに対してそう叫んだ。
「はあ……。何故私に話しかける。他の者がいるだろう」
「えー、だって一番ちっこくて安全かなーって思ったから……。他の人ギラギラしててマジ恐いんですけど……。分かる?」
「見た目で判断するとは良い度胸だな……。この中なら私が一番強いと思うが?」
「え、もしかして魔術師?」
「焼かれるのと氷漬けにされるの、どちらが好みだ?」
「マジ!? 先に言ってよ! 魔術師なんかに喧嘩売る訳ないじゃん!」
「喧嘩売ってる自覚があったのか貴様……」
「ひええ!?」
アポロは呆れた様子で溜め息をついた。
(――――この女……。ふざけた態度をしているが、物騒な臭いを漂わせるな……。こいつもまた、苛烈な試験を乗り越えた猛者、か)
アポロは嗅ぎ慣れた傷薬や解毒薬のツンとした臭いを感じながら、悲鳴を上げながら距離を取るリュードミラの背中を見送った。
三
ユーエス議会にてリュードミラ達が公務員として承認を受けた日から数日後。
アポロは事前に通達された指示通り、首都ルエーミュ・サイのある場所を訪れていた。
「――――やあ。久しぶりだね」
そして、そこにはアポロがいた試験会場で横暴な態度を取っていた試験官――エルメイの姿があった。
「……試験官殿が私の上司ということか?」
「ははっ! それなら何かとありがたい話だね。――――僕と君は対等ということさ。連帯責任を負わされては敵わない。そのつれない態度を改めてもらえないかい?」
「対等ということなら、なおさら直す必要は無いだろう」
「そういうことじゃないんだよ……。君も見ただろう? 世の中にはどうしようもないことが多々ある。息を潜めて大人しくして、過ぎ去るのを待った方がいいことが――――」
エルメイがそう言い終えようとした瞬間、室内なのにもかかわらず、叩きつけるような突風が吹き荒れた。
「――――何ですか何なんですか……? 一体何の話をしているんでしょうか……?」
そして、アポロとエルメイのもとに一人の少女――G・ゲーマー・グローリーグラディスがいつの間にか姿を見せていた。
「……っ」
「ぐ、グローリーグラディス様……。きゅ、急に来られては驚いてしまいますよ」
「貴女が驚くかどうかなど……、私にとっては心底どうでも良いことです……」
「は、はは……。ははは……」
「――――アポロさん、でしたか……? 我々統一国家ユーエスは貴女を歓迎します……。是非……、その力を国民の為に振るって下さい……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは穏やかな口調でそう言ったが、異次元と言っても過言ではない魔力を前に、アポロは言葉通りに受け取ることなど出来なかった。
「……貴女が私の上司ということでしょうか」
「そうなりますね……。希望等があれば……、出来る限り対応する用意はございますが……?」
「い、いえ……」
「なら……、いいんです……。――――優秀な魔術師というものは戦力にとどまらず、あらゆる分野で役立ちますからね……。期待していますよ?」
G・ゲーマー・グローリーグラディスの言葉に、アポロは何も言うことが出来なかった。
「グローリーグラディス様。お、お忙しいところありがとうございました……」
「何ですか何なんですか……? なに勝手に終わらせようとしているんですか……? 今から訓練を始めるというのに……」
「す、すみません!」
エルメイは試験中での横暴な態度を微塵も感じさせない様子でそう言った。
「訓練、というのは?」
「良い質問ですね……。しかしながら……、話はとても簡単です……。未熟な魔術師がやることといえば……、おのずと答えは分かるでしょう……」
「……」
アポロ自身は自分が未熟な魔術師だとは欠片も思っていなかったが、目の前の存在からすれば当然の認識かもしれないと思った。
「――――更なる高位の階位魔法の習得……。そうですね……。貴女達の場合、第七階位魔法の習得といったところでしょうか……」
第七階位魔法。
それは文献や伝承においてのみ存在が示唆される、全ての魔術師にとって未知の領域。
しかしながら、今のアポロには、その言葉が冗談なのか区別出来なかった。




