【096】パブリックサーヴァント④
一
私の名前はブレートラート・リュードミラ。
ラルオペグガ帝国生まれ、ラルオペグガ帝国育ち。
優しいんだけど酒飲みで働かないお父さんと、口を開けば“カネカネ”うるさいカスみたいなお母さんに嫌気が差して、十二歳の時に実家と国を出たピッチピチの家出少女だよ。
ん?
十二歳の少女が一人で生きていける訳ないって?
ダイジョーブダイジョーブ余裕余裕。
お喋りするだけでお金くれるおじさんや、落ちてるものをキチンとありがたーくやりくりすれば案外生きていけるって。
まあ、ちょっとだけ悪いことしたかもしれないけど。
お腹減ってたから仕方ないね。
そんなこんなでクソ寒いラルオペグガ帝国を出た私はローグデリカ帝国を抜けて、地獄みたいなドラドラ山脈を乗り越えて、今の今までルエーミュ王国で暮らしてた訳なんだけどー。
革命ってすげー。
民衆って半端ねー。
混乱を沈めた王女サマまじ尊敬ですわ。
ああ、話逸れちゃったね。
今それどころじゃなくてさー。
まあいいや。
順を追って話すとー、一枚の張り紙が貼ってあったんだよね。
一言で言えば、金貨二十枚のお仕事。
内容としては、国のお役人サマとして働きませんかーってヤツ。
ハッキリ言えばめっちゃ胡散臭い。
やべーお荷物運ぶお仕事ですかって感じ。
でも金貨二十枚なら、何だってやるよね。
そんなこんなで私はルエーミュ王国改め統一国家ユーエスが出してるやべー求人広告に応募して、筆記試験受けたんだけどー。
無事に落ちちゃいました☆
いやいや人数やべーし問題クソむずいし時間なげーし胡散くせーし人数やべーし。
受かる訳ないよね☆
それでまあ、失意と落胆の中帰ろうとしてたんだけどー。
ブラブラしながら帰ってたら、たまたま自分と同じ試験室にいた合格者がいたんだよねー。
私と同じ性別、同じぐらいの身長、同じぐらいの体格。
あ、髪染めれば入れ替わってもバレないんじゃね?
そう思ってからの私の行動は早かった。
尾行、薄暗い路地、襲撃、追い剥ぎ、両手両足縛って猿ぐつわ。
そんでもってその辺の教会の裏にポイ。
いやー、やっぱ私って才能あるわー。
革命が起きて治安良くなって、ちょっぴり悪いことするのが難しくなってる時に、完全犯罪を遂行させる私のテギワの良さ!
いやー、惚れ惚れするねー。
そういう訳で、どーせバレないから大丈夫だろーって会場に向かったんダケド……。
「――――招かれざる客め。さて、どうしてくれようか」
「ひ、ひいいっ!?」
即バレで絶体絶命です。
誰か助けて下さいまし。
二
場所は統一国家ユーエス首都ルエーミュ・サイ。
当国家が正式に執り行っている採用試験の会場にて、B・ブレイカー・ブラックバレットは受験者の女性を文字通り掴み上げていた。
「――――目的を言え。試験の妨害か? 国家に対する工作でも企んでいるのか? いずれにせよ、もう陽の光を浴びられることは無いと思え」
「すみません! 本当にすみませんでした! マジ反省してます! お願いですから見逃して下さい! お金なら少しだけあるんで!」
「……俗物め。この場で叩き割ってやろうか」
「ひいいいいっ!!??」
本来の合格者と入れ替わる形で試験を受けようとしていた女性――リュードミラは、B・ブレイカー・ブラックバレットの圧力に再び情けない悲鳴を上げた。
すると、一人の少年がB・ブレイカー・ブラックバレットのもとに飛び降りる形で現れた。
その少年は言うまでもなく、上の階でB・ブレイカー・ブラックバレット達を見守っていた鹿羽だった。
「――――待て。怪しいかどうかは俺が確かめる」
「か……、特別政務官様……」
「魔法を誤魔化せることは無いだろう。――――構わないか?」
「あ、いや、その、何するんですか?」
「記憶を覗かせてもらうだけだ」
「え、まじ? てかスゴ。え? 本当ですか?」
「――――<回想観測/メモリーチェック>」
鹿羽はリュードミラの身体に触れると、すぐに離した。
「お、終わり?」
「……………………反政府的な組織と関わっている訳では無さそうだな。無論、招かれざる客であることには間違いなさそうだが……」
鹿羽はリュードミラがどうして此処にいるのかを理解すると、若干呆れた様子を見せながらそう言った。
「あ、あのー、マジ反省してますので、か、勘弁してくれませんか?」
リュードミラは気まずそうな様子でそう言うと、B・ブレイカー・ブラックバレットは掴み上げたリュードミラの身体を他の試験官の方へと放り投げた。
「いて」
「招かれざる客、とのことだ。コイツを牢屋に入れておけ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! お願いします! 私何でもしますから!」
「……ここで刑を執行してやろうか?」
「ひいい!?」
B・ブレイカー・ブラックバレットの低い声に、リュードミラは再び悲鳴を上げた。
「――――試験は受けさせよう。記憶を見た限り、多少倫理的な問題を抱えているようだが、何度か修羅場は潜ってきたようだ。もしかしたら有用な人材になるかもしれない」
「はい! なります! 今ここに統一国家ユーエスに生涯を捧げて尽くすことを誓います!」
「……あくまで試験を受けさせるだけだ。能力があるなら取るし、ないならそれまで。それに今までの罪が消える訳じゃないからな。勘違いするなよ」
「あ、はい」
「――――ということで頼めるか?」
「……では、そのように」
鹿羽の問いかけに対し、B・ブレイカー・ブラックバレットは丁寧な口調でそう答えた。
「あれ、もしかして何とかなりそう?」
「おい。御方の寛大な処置に感謝しろ。これで無様な結果に終わったら承知しないからな」
「モチのロンです! はい!」
B・ブレイカー・ブラックバレットが受け持つ会場にて、実技試験が始まろうとしていた。
三
「――――ふう。悪くなかったが、経験が足りねえな。動きが硬かったぜ?」
「……ありがとうございました」
「じゃあ次だ。――――って、お前か……」
実技試験にて受験者相手に剣を振るっていたライナスは、試験が始まる前に騒ぎを起こしたリュードミラに対してそう言った。
「あ、あの、手加減してくれませんか? 私、戦うのあんまり得意じゃなくて……」
「近年稀に見る図太さだな嬢ちゃん……。――――手加減はしねえよ。大人しく本気出して結果出しやがれ」
「うう……、“何でもアリ”、なんですよね……?」
「……? ああ、自分の実力を示せるなら何だって良いそうだ」
ライナスは淡々とそう告げた。
「双方。準備は良いだろうな?」
「俺は問題ない」
「だ、ダイジョーブでーす……」
「なら始めるぞ。――――――――構え」
実技試験での模擬戦で審判を務めていたB・ブレイカー・ブラックバレットは右腕を掲げた。
「始め」
そして、その一言と共に勢い良く振り下ろした瞬間。
「――――<魔よけ/エクソシス>――<肉体活性/プロモート>」
オドオドと弱気な態度を続けていたリュードミラは一転して、自身を強化する魔法を呟きながら、高速で飛び出していた。
そして、リュードミラの短剣とライナスの長剣が交錯し、火花が飛び散った。
「――――油断させるつもりだったみてえだが、分かるんだよ」
「ひ、ひええ……っ。し、失敗した……っ!?」
「調子狂うこと言ってねえで黙って戦え!」
「ひゃあああ!?」
リュードミラは悲鳴を上げながら、ライナスの斬撃を弾き返した。
(ライナスは一応現地の中ではかなりの実力者だ。それに対してリーチの関係上不利な筈のナイフで渡り合うなんて……。相当な実力者だよな……)
「くそ! やるじゃねえか!」
「やりたくないし戦いたくない! そんなこと言われても全然嬉しくないんですけどぉ!?」
(……性格は少しアレみたいだが)
鹿羽を含めた多くの人々が見守る中、ライナスとリュードミラの戦いが始まった。
四
「ぎゃー!? 死ぬぅ!? あっぶな……。ふう、あぶなかったわね……」
「……ここまで強い奴とは思わなかったぜ。やるな嬢ちゃん」
「これってどっちかが負けないと終わんないの? それじゃあ中々終わんなくない?」
「それを決めるのは会場の責任者様だ。俺じゃねえ」
「ひえ……」
ライナスは視線をB・ブレイカー・ブラックバレットに向けると、同じく視線を向けたリュードミラは何度目か分からない悲鳴を上げた。
「――――――――はあ。両者そこまでだ」
「あ、終わった。やったね」
リュードミラは嬉しそうに言うと、手元にあるナイフをクルクルと回しながら鞘へと戻した。
「――――合格か? ブラックバレットさんよ」
「そうだな。――――おい。ライナスを治療してやれ」
「あん? 治療されるような怪我はしてな――――ぐっ!?」
突然、ライナスは苦悶の表情を浮かべながら膝を突いた。
「――――短剣に毒を塗っておいたようだな。よくもまあ、そのような卑怯な真似を平然と出来るものだ」
「え、だって“何でもアリ”って言ったじゃん」
「……言葉遣いがなっていないようだな」
「ごめんなさい!」
「……ぐ、おお…………っ。てめえ……っ」
「ご、ごめんね? それ掠っただけで半日動けなくなるヤツだから、けっこうキツイかも」
「先に言えくそったれが……っ」
ライナスはリュードミラに対して、心底恨めしそうにそう吐き捨てた。
(性格はアレだが、勝利に対しては貪欲、か……。実力も含めて、思わぬ掘り出し物かもしれないな……)
戦いを見守っていた鹿羽は、静かに頷いた。




