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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
五章
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【094】パブリックサーヴァント②


 一


「僕の名はエルメイ。もう分かっているかもしれないけれど、君達と同じ魔術師さ。同じって言っても、その差は圧倒的だと思うけどね」


 少女――エルメイは確固とした自信を感じさせながら、見下すようにそう言い放った。


 そしてエルメイは試験官の一人から資料のようなものをひったくると、それを淡々と読み上げ始めた。


「それじゃ、実技試験の内容を説明するね。――――話は簡単さ。僕らと戦って勝てばいい。ここにいるってことは、どうせ自分の能力に対して過剰な自信を持っているんだろう? 君達が僕らより優れた魔術師なら、この国はそれ相応の待遇を約束するよ。要するに、君達は自分の実力を示せばいい訳さ」


 エルメイの噛み砕いた説明に、資料を取られた試験官は僅かに眉をひそめたが、口に出すほどのことでは無かったのか、黙ったまま大人しくしていた。


「……質問しても宜しいでしょうか」

「いいね。身の程を弁えた態度は嫌いじゃない。何でも聞きなよ」

「ありがとうございます。――――先程戦うと仰いましたが、仮にどちらかが怪我等をした場合、その責任はどうなるのでしょうか」


 アポロの近くに立っていた受験者の女性は、丁寧な口調でそう言った。


 対するエルメイは表情を変えることなく、砕けた口調のまま質問に答えた。


「そんな心配しなくてもいいのにね。ああ、自分が弱いのを知っているからか。――――今回の実技試験において、君達に責任は一切問わないから安心するといい。それに君達が大怪我した場合も、こちらが最大限治療することを約束しよう。ここには僕ほどではないにしても、優秀な回復術師もいる。仮に“死んじゃうくらい”の怪我をしても大丈夫さ」

「……その費用も、そちらがご負担するということで宜しいのでしょうか?」

「しつこいね。君達の悪いようにはしないと、僕はそう言っているのにさ」

「分かりました。ありがとうございます」

「はあ。君達はただ無様に抵抗すればいいだけの話なのにね。どうして、こう、余計なことを考えるのか……」


 エルメイは呆れた様子でそう吐き捨てた。


「――――それじゃあ早速始めようか。君達の相手も才能に欠けた愚物とはいえ、少なくとも訓練された魔術師さ。間違っても殺さないようにだとか、余計なことは考えないように。――――痛い目に遭いたくなかったらね」


 とある会場にて、実技試験が始まった。


 二


「きゃあ!?」

「はい。そこまで。――――全く酷いもんだね」

「エルメイ様……。私の魔力がもうすぐ尽きてしまいます。なので、他の者と交代を……」

「はぁ!? 君ただでさえ才能が無いのに、ここで頑張らなかったらいつ頑張るのさ!――――もういいよ。次も雑魚相手なんだから誰でもいいよ!」


 エルメイは手をぶんぶんと振って、さっさと動くように試験官達を急かした。


 一人の少女に支配された形で実技試験は進行していたが、アポロは気にすることなく冷静に試験官達の実力を見定めていた。


(――――試験官達は全員第四階位以上の使い手と見ていいだろう。まあ、この程度なら私の敵ではないが……)


 アポロは横暴な態度を取り続けている少女――エルメイに目を向けた。


(あのガキ……。私に匹敵する程度の魔術師ではありそうだな……)


「はあ……。第五階位魔法なんて贅沢は言わないからさ……。せめて第四階位魔法ぐらいないと困るんだけど……。――――あ、終わった? はい次次。次始めちゃって」

「では、次の方お願いします」


 試験官はアポロの方を向いて、丁寧な口調でそう言った。


 アポロは頷くと、言われた通り、実技試験として模擬戦が行われていたフィールドの真ん中へと移動した。


「――――手加減はしなくて良いんだな?」

「は、はい。勿論ですけど――――――――」


 試験官の一人がそう言い終えようとした瞬間。


「――――は? 馬鹿なの? なに勝手に始めようとしてるの? お前らで彼女に勝てる訳ないじゃん」


 試験の進行を急かしたエルメイは試験官に対し、心底失望した様子でそう言った。


「え、エルメイ様……?」

「彼女、実力を隠してるだけで、第五階位魔法、もしかしたら第六階位魔法ぐらい使えるよ。要するにお前らじゃお話になんないの。分かんない?」

「も、申し訳ございません……」

「はあ……。謝って欲しい訳じゃなくてさあ……。――――早くどいて。僕がやるから」


 エルメイは手を振ることで試験官に退くように促すと、アポロの前に立ちはだかった。


「――――宜しくお願いする。試験官殿」

「もしかして怒ってんの? 僕みたいな子供が威張っているのは癪に障るかい?」

「私も似たようなものだからな。別に気にしない」

「あっそ。別に僕は威張り散らしたい訳じゃなくて、君みたいな強者にはキチンと敬意を払うよ。――――――――でも僕に敗北は許されていないから、誰であろうと本気で潰すけどね」


 年端もいかない少女――エルメイは一変して緊張感を放ちながら、アポロにそう言った。


「……凄い決意だな」

「決意なんてものじゃないよ。これが僕の使命であり、課せられた義務みたいなものさ。――――――――巻き込まれたくない人は防御魔法を展開して。余裕のある人はちゃんと受験者達にも術式を展開するように。何かあっても僕は助けないからね」

「開始の合図は試験官殿がするのか?」

「そんなことしたら僕が勝っちゃうよ。――――君の好きなようにするといい」

「そうか。なら、そうさせてもらう――――――――」


 アポロは目の前のエルメイを見据え、魔力を集中させた。


「――――<氷床の大地/アイスバーン>」


 アポロの詠唱と共に、冷気が噴出した。


 冷気はアポロを中心に広がり、そのままエルメイへと迫った。


「はい。“抵抗/レジスト”」


 しかしながらエルメイは退屈な表情でそう呟くと、何かに強く阻害されたようにアポロの魔法は効力を失った。


「……」

「驚くのも無理は無いさ。君が発動させた“氷床の大地/アイスバーン”は第五階位魔法で、それを“抵抗/レジスト”出来る魔術師なんて数えるほどしかいない。――――君が弱いんじゃなくて、僕が強いだけだから、気にする必要は無いと思うよ」

「そうだな。別に気にしない。――――“影渡り”」


 アポロがそう呟いた瞬間、既にアポロはエルメイの眼前に迫っていた。


「――――っ!?」

「お前は確かに強い。魔術師としての実力であれば、この私を凌ぐほどにな。――――だが油断して勝てるほど、私は弱くないぞ」


 いつの間にか、アポロの右腕には鋭い氷の剣が握られていた。


 あとは“それ”を振るうだけで届くほど、両者の距離は縮まっていた。


「――――――――黙れよ“吸血鬼”」

「……っ」

「油断? そうだね。してたさ。それは認めるよ。――――だけど、ちょっと珍しい小手先の魔法で僕に勝つつもりなら無理って話さ!」


 エルメイは感情を爆発させるように叫ぶと、魔力をこれでもかと凝縮させた。


「――――<黒の断罪/ダークスパイク>!」


 そして、咄嗟に防御しようとしたエルメイの両腕を氷の刃が切り裂くと同時に、漆黒の杭がアポロに向かって降り注いだ。


 アポロは“影渡り”によって回避を図ったが、漆黒の杭はアポロを逃すことはなく、少なくない量の鮮血が飛び散った。


「く……っ」

「は、はあ……。よくもやってくれたね……っ。傷が残ったらどう責任を取ってくれるんだい……っ?」

「一切責任は問わないと言った筈だ……。違うのか?」


 アポロは右腕からおびただしい量の血を流しながら、挑発するようにそう言った。


「一回殺してあげるよ……。それがいい……っ!」


 両腕を切り裂かれ、小さくない傷を負ったエルメイは憎悪を滲ませながらそう吐き捨てた。


(――――何もかも通用しない訳じゃない。ローグデリカ帝国で戦ったあの剣士よりは、遥かにやりようはある……)


 アポロにとって、目の前の少女――エルメイは決して遠い存在ではなかった。


 迷宮の深部で出会った、底知れない力を放っていた“屍王/リッチ”。

 闘技大会の決勝トーナメントでぶつかった、S・サバイバー・シルヴェスター。


 どれも届きそうで、後で冷静に振り返ってみれば、確かに隔絶した実力差が存在していた。

 アポロにとって何より恐ろしいと感じたのは、彼らが一人として油断していなかったことだった。


 油断すれば、それだけ負ける可能性が高くなっていた。

 試験官としての役割があったとはいえ、現にエルメイはアポロすらも見下していたのは事実だった。


 勝機は十分にある、と。


 アポロは治癒魔法によって自身の傷を治療しながら、目の前の魔術師を打倒する為に頭を働かせた。


 その瞬間。


「何ですか何なんですか……? なに勝手に盛り上がっているんですか……? 貴女の仕事は……、試験官として……、彼ら彼女らの実力を見極めることでしょう……? 自分の実力を誇示することでは無い筈です……」


 誰かの呟きと共に、アポロは内側にある魔力が全て抜き取られたような感覚に陥り、その場で立つことさえままならなくなってしまった。


(は――――っ。これがガキの本気なのか……っ? いや、違う……っ)


 アポロは平衡感覚が狂わされ、膝と手を地面に突きながらも、声の正体に目を向けた。


「初めまして……。アポロさんですね……? 私がこの会場の実技試験の責任者です……。――――貴女は素晴らしい魔術師ですね……。是非……、貴女と共に働けることを祈っています……」


 声の正体は、エルメイと同じく年端もいかない少女だった。


 しかしながら、その少女が放つ威圧感、そして圧倒的な魔力量に、アポロは何もすることが出来なかった。


「ぐ、グローリーグラディス様……っ」

「何ですか何なんですか……? 誰が私の名前を口にして良いと許可しましたか……?」


 少女――G・ゲーマー・グローリーグラディスは苛立った様子で、指一つ動かさずにエルメイを地面へと叩きつけた。


「が……っ!?」

「はあ……。アポロさん……。貴女の番はこれで終了です……。――――貴方達は実技試験を再開して下さい……。私はもう少し彼女に“教育”を施しますので……。事前に確認した通り、自分の仕事を果たして下さいね……?」

「か、畏まりましたっ」

「では……」


 G・ゲーマー・グローリーグラディスはそう言うと、エルメイと共に掻き消えるように消失した。


(ば、化け物……)


 あまりにも強大な存在に、アポロは呼吸をすることさえ忘れてしまっていた。


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