【093】パブリックサーヴァント①
次の発見は、まだ誰も知らない
一
場所はギルド連合がある城塞都市チードリョットにて。
ローグデリカ帝国から帰還した仮面の少女――アポロとエルフの女性は、いつも通り冒険者としての仕事を遂行していた。
「――――はい、こちらが報酬になります。ご確認下さい」
「……はい。問題無いと思います」
「そうですか。では以上になります。お疲れ様でした」
「こちらこそありがとうございました」
エルフの女性は受付の女性に対して、丁寧にそう言った。
「……やりがいの無い仕事ばかりだな」
「やりがいが無いってことは安全な仕事ってことだから、その方が良いんじゃないの? それにダンパインだって用事があるからって抜けちゃった訳だし。私達二人だけで危険な依頼は受けられないわ」
エルフの女性は諭すようにそう告げた。
冒険者は原則として、危険な仕事をこなすことが多かった。
それは、いわゆる“キツイ汚い危険”な仕事、特に危険な仕事が冒険者ギルドに依頼されやすいということが主な原因としてあった。
「それは分かっている。――――ただ、ふとそう思っただけだ」
アポロは、危険な依頼にやりがいを感じていた。
しかしながらエルフの女性が言ったように、危険というのが何を意味しているのかも、アポロは十二分に理解していた。
「――――なにやら騒がしいな」
「ああ、あれね。何でも統一国家ユーエスが正式に求人広告を出しているみたいなんだけれど、その内容が少しおかしいらしいわね」
「統一国家ユーエス……?――――見るだけ見ておくか」
「そうね。減るもんじゃあるまいし」
アポロとエルフの女性は少しだけ騒がしくなっている人だかりを掻き分けて、騒ぎの原因と思われる一枚の張り紙に目を向けた。
「えっと……。“統一国家ユーエスで役人として働きませんか”。“試験を受けて採用されたら年収最大金貨二十枚”……。金貨二十枚!?」
「そんな訳ないだろう……。――――――――金貨二十枚!?」
アポロとエルフの女性は互いに顔を見合わせると、再び張り紙の内容へと視線を戻した。
「ここに貼ってあるってことは……、イタズラってことはないわよね……。ど、どうしてこんな法外な報酬が……?」
「よ、よく見ろ。“最大”金貨二十枚って書いてある。実際はもっと少ないんだろう。全く紛らわしい書き方だ」
「その下に小さな文字で最低金貨八枚って書いてあるわね」
「…………私達が頑張った時ぐらいの稼ぎか?」
「……だいたいそのくらいね。――――――――最高でも金貨七枚くらいだけど」
エルフの女性がぼそりと呟くと、アポロは仮面の下で人知れず表情を歪めた。
(――――まあ、報酬も驚きだが、確か統一国家ユーエスといえばカバネも役人として働いていなかったか? もし私も役人として採用されたら、同じ職場で働くということも……)
「アポロちゃん変なこと考えてない?」
「――――思ったようにいかなければ、再び冒険者として活動すれば良いだけの話、か」
「あ、展開が読めた」
「安全に稼げるならその方が良い。試しに受けてみるか?――――――――何だその顔は」
「別に。――――良いんじゃない? 大きな依頼が舞い込んでくる様子も無いし、ほら、十二歳以上なら誰でも無料で受けられるって」
「決まりだな」
アポロは頷きながらそう言った。
(報酬が良いからな。より稼げる仕事に鞍替えするだけだ。決してカバネがどうとか、そういうことじゃない。うん)
(――みたいなこと考えているのかなあ。アポロちゃんが周りの人に関心を持つことは良いことだけど……。いたいけな乙女というか何というか……)
エルフの女性はローグデリカ帝国で再会した一人の少年のことを思い出しながら、心の中で苦笑した。
二
場所は統一国家ユーエス。
他の県と首都ルエーミュ・サイとを分ける都府県界上に設置された検問所にて。
採用試験を受けることに決めたアポロとエルフの女性は、首都ルエーミュ・サイに入る為に手続きを行っていた。
「――――書類に問題はございませんね。では念の為、仮面を外して頂いてもらって宜しいでしょうか?」
「……外さないと駄目か?」
「はい。一応、規則ですので……。従って頂けない場合、首都ルエーミュ・サイへの立ち入りは許可出来ません」
女性の担当者は慣れた様子でそう告げた。
「…………分かった。従おう」
アポロは仕方なく、自身が身に着けている仮面に手を掛けた。
「……っ」
「どうした? 忌まわしいものでも目にしたか?」
「い、いえ。とんでもありません。どうして仮面なんかで隠すのかな、と思いまして……」
「どういう意味だ?」
「いや、その、とってもお綺麗じゃないですか。悪い男にでも追われているんですか?」
「な……っ。ば、馬鹿なこと言ってないで仕事をしろ! 私は忙しいんだ!」
「は、はい! すみません!」
アポロは顔を赤らめながら怒鳴りつけると、担当者の女性は慌てて書類にチェックを入れた。
「全く……」
「あ、首都ルエーミュ・サイ内では仮面の着用はお控え頂けると……」
「……それは義務か?」
「…………ご協力お願い致します」
アポロは苦々しい表情を浮かべると、仮面を乱暴に革袋へと放り込んだ。
三
「やっぱり凄い人数ね……。会場はコッチみたい。――――やっぱり仮面が無いのは慣れない?」
「変な奴に変なことを言われただけだ。――――私とセリリは会場が別のようだ。ここでお別れだな」
「みたいね。それじゃあ、終わったらここで落ち合いましょう」
「そうだな」
四
建築されて間もないであろう小綺麗な公共施設にて、何千何万という市民が机に向かってペンを走らせていた。
(この程度の問題が分からない奴なんているのか?)
(――――こちらの兵は五百、それに対して敵軍は三千……。地の利はあるが、兵数の差が絶望的だな……。必ずしも勝つ必要が無いのなら、やりようはある、か)
(八十二、八十三、八十四……。くっそ……。距離が同じなら好きな道を通ればいいじゃないか……っ)
(…………。この問題は誰も解けないだろう。多分)
統一国家ユーエスが正式に執り行っている採用試験にて、アポロは難解かつ膨大な試験問題と格闘していた。
五
「――――そこまで。これ以降許可なく筆記用具を手にしていた場合、不正行為と見なすことがあります」
(…………はあ。――――長かった。とにかく長かった)
アポロは二時間以上に及ぶ筆記試験にうんざりした様子で、凝り固まった筋肉をほぐすように伸びをした。
受験者を囲むように配置されていた試験官達が一斉に問題用紙と解答用紙、そして筆記用具を回収すると、度々受験者達に説明を行っていた試験官が再び口を開いた。
「筆記試験の合格者はおよそ四十分後に発表致しますので、この場でもうしばらくお待ち下さい」
(四十分か……。――――四十分? 四十分で分かるのか? ここだけでも相当な人数がいるぞ?)
試験官が言い放った奇妙な説明にアポロは疑問を抱きながらも、指示に従っている周りの受験者と同様に大人しく椅子に座っていた。
六
統一国家ユーエスが正式に執り行っている採用試験のとある会場にて。
回収した解答用紙を抱えた試験官達が巨大な装置の前で会話を交わしていた。
「……ここに置けばいいんですか?」
「そうだ。解答用紙の回収漏れに気を付けろよ」
「それは確認しましたけど……。用紙をこの魔法具の中に入れるだけなんて……。こんなんで本当に採点出来るんですかね? 一体どういう仕組みなのか…………」
「我が国の優秀な魔術師達が何とかするんだろう。――――それにしても、技術の発展というものは凄まじいな」
「そ、そういうものなんですかね……?」
試験官の青年は目の前の装置を眺めながらそう呟いた。
三
「――――大変お待たせ致しました。では筆記試験の合格者を発表致しますので、呼ばれた番号に該当する方は退出の許可を出されてもこの場で待機していて下さい」
(本当に発表するのか……。ちゃんと採点できているのか?)
自分の周りだけでも相当な人数がいた筈だと考えていたアポロは、一時間足らずで採点が終わり、結果が発表されることに驚きと疑問を抱いていた。
そんなアポロの心情とは無関係に、試験官の一人が淡々と番号を読み上げ始めた。
「――、――、――、――、――、――」
(……っ。番号の飛び方が大きい……っ。もうすぐ私の番号じゃないか……っ)
「八六四三九六、――、――。以上の方はこの場で待機していてください。――――大変お疲れ様でした。本日の試験は以上になります」
(……よ、呼ばれた?)
「それでは、速やかに退出して下さい」
(本当に番号は合っていたか? 私が残っても大丈夫なのか?)
周りの受験生達が落胆した様子で退出していく中、自分が合格者として番号を呼ばれたのか自信が持てなかったアポロは自分の席から移動出来ないでいた。
七
「ね、ねえ、アポロちゃん。――――どうだった?」
「……合格していた。念の為確認したが、確かに合格していたようだ」
「本当? アポロちゃんも合格した?」
「――――ということは、セリリもか?」
アポロはエルフの女性に目を向けると、エルフの女性の表情が見る見るうちに明るくなった。
「やったー! 私だけ合格して気まずい雰囲気になっちゃうかと思った! 良かったねアポロちゃん!」
「言い方が少し引っ掛かるが……。――――そうだな。良かった」
「それじゃあ明日一緒に郊外の会場に行こうね」
「郊外? 私は明日もここに来るように言われたが……」
「……? それじゃあ、また会場が別なのかしら」
「そうみたいだな。――――せっかく厳しい筆記試験を潜り抜けたんだ。このまま一緒に合格するぞ」
「そうね。明日も頑張りましょう」
アポロとエルフの女性は互いに励まし合うように頷いた。
八
アポロ達が受験した筆記試験の翌日。
統一国家ユーエスが正式に執り行っている採用試験の実技試験を受験する為に、アポロの友人であるエルフの女性は首都ルエーミュ・サイの郊外の会場へと移動し、アポロは再び同じ会場に足を運んでいた。
(魔力の乱れを感じる……。ここにいる全員はまさか……)
昨日から大きく数を減らした受験者達に目を向けながら、アポロはどうして自分がこの会場に集められたのかを理解した。
「やあ。見込みのありそうな人もいるみたいだね」
なんてことない、一人の少女だった。
その何てことない筈の少女は堂々とした様子で試験官達のもとへ歩み寄ると、まるで少女の方が遥かに偉いかのように試験官達は頭を下げた。
「僕の名はエルメイ。もう分かっているかもしれないけれど、君達と同じ魔術師さ。同じって言っても、その差は圧倒的だと思うけどね」
少女――エルメイは確固とした自信を感じさせながら、見下すようにそう言い放った。
アポロを含め、ここに居る全員は魔術師だった。




