【092】Puella cantābat.
リアルがちょっぴり忙しくなりまして、明日から一日一回更新になります。
ご了承くださいますようお願いすると同時に、今後ともよろしくお願いいたします。
一
ローグデリカとの戦いを終えた鹿羽達は、ギルド拠点に帰還していた。
適切な治療によって、鹿羽達側で戦った全員が後遺症も無く本来の業務に復帰出来ていたものの、S・サバイバー・シルヴェスターとG・ゲーマー・グローリーグラディスの二人は死亡、鹿羽とリフルデリカも大怪我を負うという結果に終わっており、それはローグデリカという存在がどれだけ強大だったのかを如実に示していた。
(――――もう一人の楓は、結局何だったんだろうか……?)
鹿羽は一人自室に籠もり、楓と同じ姿をした少女――ローグデリカのことを考えていた。
ローグデリカが光の粒子となって居なくなってしまった後、緊張の糸が切れたせいか、鹿羽は気絶するように気を失っていた。
気が付けば鹿羽はギルド拠点の医務室のベッドの上で一人寝かされており、ローグデリカについての話を誰にも聞けないでいた。
(……いずれにせよ、楓と話をする必要があるな)
鹿羽はそう結論付けると、静かに自室を後にした。
二
(――――誰かとゲームしているのか? 相手が麻理亜にせよG・ゲーマーにせよ、楓が元気になったのは良いことだが……)
鹿羽は楓の自室から聞こえてくる大袈裟な効果音を聞いて、楓がテレビゲームで遊ぶことが出来る程度には回復したことを知り、安堵していた。
(誰かいるなら後にした方が良いか? いやでも大事なことだし、少なくともゲームよりかは大事なことの筈だよな)
鹿羽は一瞬躊躇うような様子を見せたが、気を取り直し、楓の部屋のドアを叩いた。
「――――? 誰であるかー?」
「俺だ。鹿羽だ。少し話したいことがあるんだが、良いか?」
「今、手が離せないのだ。勝手に入るといい」
(ゲームの方が大事、か。いよいよ元の楓らしくなってきたな――――)
鹿羽は楓が元気になったことをしみじみと実感すると、ドアノブに手を掛けた。
「入るからなー。――――たく。ゲームぐらい中断してくれたって――――――――」
文句を口にしながら入室した鹿羽だったが、目の前の光景に固まってしまった。
「――――ああ! どうしてそこでそのコンボを出せるのだ!? 運ゲーが過ぎるであろう!?」
「リスクが高いからといって選択肢から外したお前が悪い。私の方が一枚上手だったようだな」
鹿羽の目の前で、同じ姿をした少女二人が和気あいあいとゲームをしていた。
「おお、鹿羽殿。――――折角である。鹿羽殿も一戦どうであるか?」
「やめておけ。私達と鹿羽では実力差があり過ぎる。試合にならないだろう」
「――――ごめん。悪い。なんでいるの?」
ようやく状況を少しずつ理解し始めた鹿羽は、一人の少女に質問を投げ掛けた。
「どういう意味だ? 記憶が混濁しているのか?」
「いや、否定しないけどさ。だってお前、あの後光の粒になって消え――――」
「――――おい。こいつの中で私が死んだことになっているぞ。ちゃんと説明しなかったのか?」
「そういえばあの場に鹿羽殿はいなかったであるな。もう一人の我は洗脳から解き放たれ、本来の善良なる清き魂を取り戻したのだ。もはや勝手に暴れることはない」
「語弊のある言い方はやめろ。私はあくまで自分の意思で実行に移しただけだ。今は一時的にお前の考えに同調しているに過ぎない」
ローグデリカは不満げにそう訂正を加えた。
「――――楓。その、つまり……。生きてたってことか?」
「「そうなる」ぞ」
「…………そうか」
楓とローグデリカは重なるようにそう返し、鹿羽はややくたびれた様子で頷いた。
「――――あと、つい反応してしまったが……。私のことはローグデリカと呼ぶといい。はっきり言ってこの名前に何の覚えも感慨も無いが、どうやら私はそいつの魂を核に生まれたらしいからな。その方が何かと都合が良いだろう」
「まあ、どっちも楓だとややこしいからな……。良いのか?」
「良いも何も、話し合いで決まったことだ。お前はベッドの上で呑気に寝ていたから、知らないのかもしれないが……」
「お前のせいだけどな……」
鹿羽は恨めしそうな声でそう返した。
楓と同じ姿をした少女――ローグデリカは凝り固まった筋肉をほぐすように身体を伸ばすと、鹿羽を見据えて再び口を開いた。
「――――あと、そうだな。あの時、興味深いことを口にしていたな。忘れたとは言わせないぞ」
「…………記憶にねえな」
「はっ!――――そうか。ならいい」
「鹿羽殿。何の話であるか?」
「……………………いや、分からん」
鹿羽は誤魔化すように、そう答えた。




